創作

『空にかたつむりを見たかい?』 第24回

「防風林の中は大丈夫なんじゃないかな」 確証はないが、ナントカ菌にも薄め忘れた農薬にも負けず、あそこの木々はたくましくそびえている。もしそこに「空飛ぶかたつむりらしきもの」がいるのなら、防風林にカメラを向けてさえいれば、映りこんでくれるかも…

『空にかたつむりを見たかい?』 第23回

夏休みに入り、式典の映像も本格的な撮影を開始することになった。 とりあえず今日は、老人会の泉水さんへのインタビューを終え、僕とダイチは、歩いて空飛ぶかたつむりを見た川まで向かった。この後、隣のクラスのユイに出演協力してもらい、オープニング用…

『空にかたつむりを見たかい?』 第22回

知悦部地区老人会副会長 泉水せつ ――知悦部地区小学校と地域を語る 多少のろのろでも、変な運転しないうちは、大丈夫かなとは思うけどねえ。バスも中磯瀬にしか来ないし、年寄には不便だねえ。 この間、高齢者の自動車講習に行ったけど、自分の名前を書けな…

『空にかたつむりを見たかい?』 第21回

イヌフラシの噂が児童たちの間で流れ始めてから最初に産まれた犬は、ストーニーと名付けられ、小学校で飼われることになった。教員からは児童よりも大事にされ、児童からは教師よりも慕われた。 このイヌフラシが産み落としたと言われる犬については、小学校…

『空にかたつむりを見たかい?』 第20回

ナスレディンは、桑窪家で飼われている犬だ。少し大きめの雑種犬である。ダイチや僕が小学校二年のころ、ふらりと桑窪家の庭に現れ、それ以来家族の一員になった。名前は塔子さんがつけてくれた。 ナスレディンには、奇妙な癖がある。 それは高い所に登り、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第19回

「親父は、ダイチくらい眠そうであってくれたほうが助かるんだけどな」 ビールを飲みながら勝也さんが言い、阪市さんが「うるせえよ、バカ野郎」と笑う。 現在の桑窪家は、阪市さんと勝也さん、勝也さんの奥さんの綾乃さん、ダイチの母さんとダイチ、そこに…

『空にかたつむりを見たかい?』 第18回

「家族でも親戚でもないからいいんだ」 阪市さんは、僕にそう言った。 桑窪阪市さんは、勝也おじさんの父親。つまり、ダイチのおじいさんだ。もう、六十代後半になるのに、「おじいさん」という感じはまったくしない。 桑窪家は、知悦部地区で代々とても力の…

『空にかたつむりを見たかい?』 第17回

元PTA会長(第二十代) 桑窪阪市 ――知悦部地区小学校と地域を語る 見てみろ、この麦畑。 俺がここの主だったころはな、毎晩ここに来てあいつらに話しかけてたんだよ。「大きく育てよ」ってな。そしたら、こう、あいつらも語りかけてくるわけだよ。「ザワ…

『空にかたつむりを見たかい?』 第16回

「うわ。ほんっと、うっとうしい」 急に塔子さんが、心底不愉快そうに叫んだ。 「え?」 マリサが珍しく不安そうな顔になる。こういう表情のマリサは、なかなか見れない。 「ああ、ごめん。こっちの話。っていうか、こいつの話」 塔子さんはそう言って、スマ…

『空にかたつむりを見たかい?』 第15回

校舎内での楠本校長のインタビューをを終えた僕たちは、土佐先生の家に来ていた。楠本校長がえらく感動していた昔のビデオを見るためだ。マリサだけは写真を撮るために、まだ校舎に残っている。写真撮影に乗じて、「絵」の手がかりが校舎にもないか調べるの…

『空にかたつむりを見たかい?』 第14回

知悦部小学校校長 楠本正一 ――知悦部小学校と地域を語る 校長の楠本です。赴任してきて二年で閉校というのは、寂しい限りですね。 ……あ、ちょっと固いかい? 固いのは式典の時の挨拶とか記念誌に書く文章だけで充分かな。 そうかそうか。好きにしゃべってい…

『空にかたつむりを見たかい?』 第13回

バンクシーとは、知っている人も少なくないと思うけれど、イギリスを中心に活動する正体不明のグラフィティアーティストだ。 二○○五年に、各国の有名美術館に自作の絵を勝手に展示、それがしばらく気づかれなかったというエピソードや、ヨルダン川西岸地区の…

『空にかたつむりを見たかい?』 第12回

「絵?」 「うん。っていうか、アユムの家にもあるよ」 「えっ?」 「二回も同じ音出すと、馬鹿みたいに見えるよ」 マリサからその話を聞いたのは、中学一年の夏休み直前、ちょうど今から一年前のことだった。 マリサの言う「絵」とは何か。 その「絵」は、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第11回

ところで、国島先生の「なにか良くないことの前触れ」という発言だけれど、カマドウマはたくさん出たし、虻や蝶はたしかに例年より少なかったかもしれない。でもそれが、その年に限ったことだったかどうかはわからない。 実際、ネットで「カマドウマ 大量発…

『空にかたつむりを見たかい?』 第10回

「じゃあ、晴れた日を狙って、その川に行くの?」 パンを食べ終え、浸すものがなくなったマリサは、スープだけを啜ってから言った。 「夏休みになれば、何回か晴れるかなと思ってね」 「でも、晴れるたびに、あの川ばっかりにいたら、さすがに怪しまれるでし…

『空にかたつむりを見たかい?』 第9回

「そういえば、かたつむりって蝸牛って書くよね」 マリサが正面にいる僕を睨むようにして言う。本当に睨んでいるのかどうかはわからないけれど、マリサの目つきは大抵こんな感じだ。 「アユムの言ってる空飛ぶかたつむりと、大竹さんの見た手乗り牛も何か関…

『空にかたつむりを見たかい?』 第8回

「そういえば、昔、さまぁ~ずの大竹さんが、手乗り牛を見たって言ってた」 眉間に皺を寄せながら、ちぎったコッペパンをスープに浸し、マリサは言った。 食事中のマリサは、いつも不機嫌そうな顔をしている。どうして、そんなに不味そうな顔で食べるのだろ…

『空にかたつむりを見たかい?』 第7回

ついでに、僕が企んでいることも、こっそり白状しておこう。 僕が三歳のころのことだ。 母さんが、家から四百メートルほど離れたところにある川まで散歩に連れていってくれた。よく晴れた日だったけれど、前日までは大雨だった。だから、道路はまだ少し濡れ…

『空にかたつむりを見たかい?』 第6回

「塔子さんは、一度も見たことないんですか?」 「なにを?」 「ここの盛り上がってた時期の運動会です」 「あたしは知悦部小の子たちが進む中学校の出身ってだけで、知悦部小の子じゃないからね。そもそも小学校までは、札幌にいたし」 「中学になってから…

『空にかたつむりを見たかい?』 第5回

「手が止まってるよ、あゆむん。そんなに運動会の写真つまらない?」 塔子さんが、ペットボトルのお茶を僕の頬に押し付けながら言った。考えごとをはじめると、手が止まるのは僕の癖だ。「僕の癖」と呼べるほど珍しい癖ではないけれど。 「向こうで知り合っ…

『空にかたつむりを見たかい?』 第4回

かたつむりは、わずかな土地を這いまわるだけで一生を終える。土佐先生から借りた吉村昭の『羆嵐』に書いてあったことだ。この地に永住することを妙に誇りに思っている人たちは、この本を読んだわけでもないのに、似たような考えを持っているらしい。いや、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第3回

そんな『謎の湖底人シタカルト~』を、土佐先生や塔子さんが面白がってくれたのは、まだ理解の範囲内だったのだけれど、僕たちが卒業した後に知悦部小学校に赴任してきた楠本校長までもが気に入ってくれたのは、かなり意外だった。土佐先生と塔子さんからの…

『空にかたつむりを見たかい?』 第2回

知悦部小学校の閉校記念式典で流す映像の制作を頼まれたのは、中学二年になってすぐのことだった。 小学生の頃から現在まで、ずっと放送委員であること。そして、僕の代が知悦部小学校の最後の卒業生(僕たちが入学した後の二年間は新入生が入学しなかったた…

『空にかたつむりを見たかい?』 第1回

「らんちゃん、そんなバカな話、誰が真面目に聞いてくれるの?」 「事実だってことにしちゃえば、案外信じる奴が出てくるんだよ」 「それって、いいことなの?」 「いいことかどうかは、時と場合によるね」 ○○○ ○○○ ○○○ 知悦部(しりえっぷ)小学校閉校記念 …

『この西瓜ころがし野郎』(目次)

その場その場の思いつきだけで改行もせずに書き続けてみた結果。 もっとも、タイトルからも分かる人には分かる通り、ロバート・ネルソンの『この西瓜野郎』から着想は得ています。 『この西瓜ころがし野郎』(目次)(1) https://uryuu1969.hatenablog.com/…

『この西瓜ころがし野郎』(完)

サトリの妻と少女による「舞い戻りの舞」は陽が沈み、やがてまた陽が現れる頃まで続き、舞い終えた頃にはサトリの妻も少女も取り囲んでいた者もすべて憑き物が落ちたようにつやつやした表情となり、つづいて眺めていた者たちの中からすぐに美しく「舞い戻り…

『この西瓜ころがし野郎』(19)

元々用意してあった西瓜や飛び跳ねまわるうちに運悪くこの土地へ舞い戻って来てしまった西瓜も含め、サトリの妻と少女は西瓜たちの事情などおかまいなしに蹴り飛ばし続けており、その姿はなにか美しい舞のようで、思わず詩人が「舞い戻りの舞」と呟いたのに…

『この西瓜ころがし野郎』(18)

西瓜の血汁にまみれて転がりながらも悪態を喚き続ける西瓜ころがしの姿を最初に目にした余所の土地の者は、西瓜知りたがりのスプーキーの四散した身体から7度目の復活を遂げた小鬼のような化け物を背負ったグランゼニアという国の詩人で、詩人にありがちな放…

『この西瓜ころがし野郎』(17)

西瓜の尻尾のごとく激しく振り回され続けた西瓜知りたがりのスプーキーの身体は、西瓜が西瓜知りたがりのスプーキーの家から西瓜ころがしが転げ落ちているこの土地まで飛んでくるまで至る所でちぎれ飛び、ちぎれ飛んだ身体の一部もまたちぎれ四散し、西瓜に…

『この西瓜ころがし野郎』(16)

各地の西瓜たちの西瓜ころがしへの憎悪の叫びが少しばかりも西瓜ころがし本人の耳に届いていないと知るや、西瓜たちは西瓜たちなりの伝達手段によってあっという間に西瓜ころがしの転げ落ちているこの土地の位置を把握し、それぞれがそれぞれの形でこの土地…