創作

『空にかたつむりを見たかい?』 第46回(完)

朝は湿度が高めだ。その湿度と妙な夢のせいで、ひどく頭はぼんやりしている。僕は暑さ以上に湿気が苦手だ。肌の潤いを犠牲にしてでも湿気を取り除きたい。おそらく、東京には住めない。 歯磨きと洗顔で不快感を取り除いていたら、すでに土佐先生がキャンピン…

『空にかたつむりを見たかい?』 第45回

その日、僕はキャンピングカーの中で夢を見た。 夢の中で土佐先生は、地面に落ちていた女性用のパンティを拾い、両手の平に乗せて僕に見せた。 「秘儀・浮世離れ」 土佐先生がつぶやいた途端、パンティはむっくりと起き上がり、ふわりふわりと空の彼方へ飛ん…

『空にかたつむりを見たかい?』 第44回

事実だってことにしちゃえば、案外信じる奴が出てくるんだよ。いいことかどうかは、時と場合によるね。 たしか、ムー大陸だったかアトランティスだったかは忘れたけど、最初は創作物として世に出たんだ。でも、相手にされなくて、事実だってことにした途端、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第43回

「ねえ、ライアル・ワトソン君」 「その呼び方、やめてもらえませんか。あゆむんでいいです」 「恥ずかしがってたくせに」 食事を終え、他のみんながキャンピングカーの中で寝静まった後、僕は塔子さんと二人で外にイスを並べ、知悦部の夜空を眺めていた。他…

『空にかたつむりを見たかい?』 第42回

知悦部小学校事務職員 土佐洋太 ――知悦部地区小学校と地域を語る 知悦部小学校に赴任してきたのは、もう六年前のことですね。たいへん、良くしてもらっています。 児童数が減少し、欠学年も目立ち、閉校もやむをえないのだろうとは思いますが、やはり残念で…

『空にかたつむりを見たかい?』 第41回

「あったよ。これこれ」 マリサが持ってきたのは、土佐先生や塔子さんが中学三年生だった時の学級新聞だ。 部活動をしていない僕たちは、夏休み中、中学校を訪れることはなかったのだけれど、今日は許可をもらって図書室に集まっている。一応、閉校記念式典…

『空にかたつむりを見たかい?』 第40回

上野が去った後も、しばらくカメラを向けていたが、かたつむりが飛び立つ気配はなかった。あの日と違うことと言えば、なんだろう? やっぱり国島先生が撒いた、あのナントカ菌がいけなかったのだろうか。上野もクワガタは見つけられなかったようだし。いや、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第39回

知悦部小学校PTA会長 上野信道 ――知悦部地区小学校と地域を語る 昔いたな。蕎麦アレルギーの子に、平気だって言って食わせてた教師が。給食のおばさんが、あれはかわいそうだったって言ってた。そいつのアレルギーが、軽度だったのが余計不幸だったのかも…

『空にかたつむりを見たかい?』 第38回

「じゃあアユムは、どうして今さらかたつむりが本当に飛ぶかどうかなんて気にしだしたの?」 「冷静になると自分でも分からなくなって、正直、今かなり悩んでるんだけどね」 「でも、続けてるんでしょ? だったら、引っ込みがつかなくなった以上の理由がある…

『空にかたつむりを見たかい?』 第37回

「聞いたよ、昨日のラジオ」 僕の部屋のテーブルに今まで見つけた「絵」の写真をまとめたファイルを広げ、マリサは言った。 「月曜日はネットで深夜ラジオも聞かなきゃいけないから、もう眠くて眠くて。そういえば谷川さんに、絵のこと聞いてくれた?」 「い…

『空にかたつむりを見たかい?』 第36回

「いつかなっちゃんが土星を釣った日」 なっちゃんはママといつも星釣り場 いつも土星が釣れずにがっかり いつか一緒に いつの日か ママと一緒に土星を釣る でもいつの間にか大きなって ママとのお買い物も減っていく ママとのお買い物なんて恥ずかしい 星釣…

『空にかたつむりを見たかい?』 第35回

「もうひとつの地球」 戸惑う宇宙飛行士 目の前に広がる荒野 故郷にもよく似た 懐かしさと新しさ 彼の細胞が いまここを許す 生まれる前に見たような 水のような空気が包む この形になって 感じ続けてた あれは何か 見てみたかったのは これなんだきっとほら…

『空にかたつむりを見たかい?』 第34回

「時刻は午後七時十五分を回りました。みなさん、こんばんは。高山龍子です。突然ですが、みなさん。恋がなぜ面倒くさいか分かりますか? これはあくまで私の個人的な考えなのですが、自分のことを好きになる人って、自分から遠い人であることが多いと思うん…

『空にかたつむりを見たかい?』 第33回

ニューアルバムの宣伝のため、地方のラジオ番組を廻っていた谷川さんは、今夜は母さんのラジオ番組にゲスト出演する。 勝也さんと谷川さんは、小学校や中学校では、仲が悪かったわけではないけれど、しかし、それほど一緒に遊んだりする仲でもなかったらしい…

『空にかたつむりを見たかい?』 第32回

シンガーソングライター 谷川拓也 ――知悦部地区小学校と地域を語る チャボってあだ名? あれは、洋ちゃんが言い出したんだ。 同じ愛称のミュージシャンがいてね。あ、知ってるかな? そうそう仲井戸麗市さん。中学の時、顔がちょっと似てるって言われてね。…

『空にかたつむりを見たかい?』 第31回

「サムデイ・ネヴァー・カムズ」 俺が最初に覚えてるのは、 オヤジにこう訊ねたことさ 「どうしてなの?」 なぜなら、 俺には知らないことがたくさんあったから そしてオヤジは微笑みながら、 俺の手をとってこう言うんだ 「いつの日か、お前にもわかる時が…

『空にかたつむりを見たかい?』 第30回

「よーし、じゃあ行くぞ」 阪市さんがベサメ・ムーチョ号のエンジンをかけた。 「ばっちり撮っておけよ」 カメラを回すダイチに向かって阪市さんが大声で叫ぶと、ベサメ・ムーチョ号は桑窪家の畑から尻悦部の空へと飛びたった。点々としか建造物のない尻悦部…

『空にかたつむりを見たかい?』 第29回

かたつむりの謎も、「絵」の謎も、イヌフラシの謎も解明できないまま、夏休みは中盤を迎えつつある。閉校記念式典用の映像だけは、順調に撮影できていた。昨日も、同窓会会長の笠井さんへのインタビューを終えたところだ。 そして今日は、阪市さんの久しぶり…

『空にかたつむりを見たかい?』 第28回

知悦部小学校同窓会会長 笠井康博 ――知悦部地区小学校と地域を語る どうも。知悦部で農業をしている笠井康博です。 あ、そうか。そうだね。知ってるよね。ははは。笑われてるかな、今。 真面目な感じが出ていい? そう? じゃあ、ちょっと固めにいこうか。 …

『空にかたつむりを見たかい?』 第27回

「じゃあ、ゆいっぴ。あっちから好きに自分の歌を歌いながら、ゆっくり歩いてきて。カメラ前まで来たら、そのままカメラを追い越して歩いていって。それだけでいいから」 「ほんきーとんくうぃめーん!」 そう叫んでユイは、中磯瀬の町に向かう道を走って行…

『空にかたつむりを見たかい?』 第26回

帰宅部というのは、学校が用意できなかったものに価値を見出した者のことで、逆に言えば、何かの部活に入っている者は、「学校が用意したもので満足している奴」だとも言える。 詭弁だと言われることもあるけれど、土佐先生や塔子さんは納得してくれた。 僕…

『空にかたつむりを見たかい?』 第25回

「アユムはたまに弱気になるね」 僕がうじうじと辛気臭いことを考えているのを察したのか、ダイチが言った。 「別に、普段から強気で生きているつもりはないんだけどなあ」 「いや、そうなんだろうけど、僕は素直に、アユムすげえなあって思うこといっぱいあ…

『空にかたつむりを見たかい?』 第24回

「防風林の中は大丈夫なんじゃないかな」 確証はないが、ナントカ菌にも薄め忘れた農薬にも負けず、あそこの木々はたくましくそびえている。もしそこに「空飛ぶかたつむりらしきもの」がいるのなら、防風林にカメラを向けてさえいれば、映りこんでくれるかも…

『空にかたつむりを見たかい?』 第23回

夏休みに入り、式典の映像も本格的な撮影を開始することになった。 とりあえず今日は、老人会の泉水さんへのインタビューを終え、僕とダイチは、歩いて空飛ぶかたつむりを見た川まで向かった。この後、隣のクラスのユイに出演協力してもらい、オープニング用…

『空にかたつむりを見たかい?』 第22回

知悦部地区老人会副会長 泉水せつ ――知悦部地区小学校と地域を語る 多少のろのろでも、変な運転しないうちは、大丈夫かなとは思うけどねえ。バスも中磯瀬にしか来ないし、年寄には不便だねえ。 この間、高齢者の自動車講習に行ったけど、自分の名前を書けな…

『空にかたつむりを見たかい?』 第21回

イヌフラシの噂が児童たちの間で流れ始めてから最初に産まれた犬は、ストーニーと名付けられ、小学校で飼われることになった。教員からは児童よりも大事にされ、児童からは教師よりも慕われた。 このイヌフラシが産み落としたと言われる犬については、小学校…

『空にかたつむりを見たかい?』 第20回

ナスレディンは、桑窪家で飼われている犬だ。少し大きめの雑種犬である。ダイチや僕が小学校二年のころ、ふらりと桑窪家の庭に現れ、それ以来家族の一員になった。名前は塔子さんがつけてくれた。 ナスレディンには、奇妙な癖がある。 それは高い所に登り、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第19回

「親父は、ダイチくらい眠そうであってくれたほうが助かるんだけどな」 ビールを飲みながら勝也さんが言い、阪市さんが「うるせえよ、バカ野郎」と笑う。 現在の桑窪家は、阪市さんと勝也さん、勝也さんの奥さんの綾乃さん、ダイチの母さんとダイチ、そこに…

『空にかたつむりを見たかい?』 第18回

「家族でも親戚でもないからいいんだ」 阪市さんは、僕にそう言った。 桑窪阪市さんは、勝也おじさんの父親。つまり、ダイチのおじいさんだ。もう、六十代後半になるのに、「おじいさん」という感じはまったくしない。 桑窪家は、知悦部地区で代々とても力の…

『空にかたつむりを見たかい?』 第17回

元PTA会長(第二十代) 桑窪阪市 ――知悦部地区小学校と地域を語る 見てみろ、この麦畑。 俺がここの主だったころはな、毎晩ここに来てあいつらに話しかけてたんだよ。「大きく育てよ」ってな。そしたら、こう、あいつらも語りかけてくるわけだよ。「ザワ…