創作

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(13)

フカヅメの説教は珍しく全校生徒にまでは向かなかったため、血糊が増えても私は予定通りの時間に帰宅することができた。この時の事は五年後にボギーや山上にも話した。食事担当だった私は、ケンタッキーフライドチキンを大量に購入しておいたが、無関係の学…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(12)

高校はそれぞれが異なる学校に進んだため、最初の文化祭で数名の騒がしい男子がモトムラ先生の恥ずかしい写真を奪って逃げている場面に出くわしても、私は黙って観察するだけだったし、止める義理も助ける義理もなかった。はじめのうちはモトムラ先生も油断…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(11)

スクーターに乗ったノアちゃんが裏口から逃げ出すのを確認し、私は表の塀を乗り越えて市街地に向かった。追手の多くは騒ぐばかりだったので、私は防風林に紛れるだけでよかった。古百合前のお嬢の友人が経営する洋服店がノアちゃんのバイト先で、私は店の奥…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(10)

中磯瀬の古書店はただの掘っ建て小屋で、床というものもなく、本棚もあぶれた本も直接大地の上に置かれていた。湿気を吸って酷い状態のものもあったが、湿気を吸い込む前から酷い内容のものばかりでもあったため、御主人は信用に足る人物なのだというクリハ…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(9)

列車を改装したらしい図書館を見つけたのは十五になったばかりの頃で、その時はまだチャボやクリハラのような友人もいて、かすかに浮かれて歩くこともあった。鷲別の図書館には植物の本が多いなどと無駄な知識の自慢をしつつ背表紙を素早くチェックしている…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(8)

祖母の管理するビニルハウスの傍にはピンク色のアルマジロに似た生き物がいた。柔らかそうな体をしており、窓から家に侵入してきた時には、祖母が手爪も気にせず捕まえて外へ放りだした。軽い怪我を負ったため伯母達が「早くしないせいだ」と騒ぐので、私は…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(7)

卒業式の翌日に祖母の家へ行くと、軽自動車が置かれていた場所が広い窪みになっていた。深さは私の腰の位置程で焼け焦げになった遺体が4体ほど転がっていた。「お前は短足だからな」と冷やかしてきた隣の親父も見分けがつかなくなったので放り込み、祖母に言…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(6)

そんな私も児童の集まる場では何度かパニックに陥った。卒業式の最中に一人だけパニックの発作が起きたときは、椅子に嵌ったまま廊下へ出るも誰も気にとめなかった。いけすかない連中が小馬鹿にしながら「アイスはこっちにあるよ~」などと言って呼び戻そう…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(5)

線路を初めて見たのは3歳の頃で、それはマサ君も同じだった。ただし私が見た線路は廃線になった中磯瀬駅ではなく、ヨッチおじさんの家の先のものだった。エリナー・リグビーの墓の前で両親に「もう死んじゃうの?」と訊きつづけた日のことである。廃線になっ…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(4)

忘れようがなかったのは、自由行動中、ペイルランド全域に戒厳令が敷かれたことだ。撃たれた者もいるなか、町外れの廃墟付近に身を潜めていると役人らしき3人の男に丁寧な対応で連行された。手続中にヤスヒロと久しぶりに再会するも、感極まって大声で話しか…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(3)

立体駐車場から道路のほうを見下ろすと、今となっては懐かしい風情の電話ボックスがある。マサ君が電話を使っていたアメリカ人らしき女性と話しているのが見え、「君のパパはトランプ大統領の車にいる?」などと訊かれていた。マサ君は「アイムファーザー、…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(2)

5年の夏の日、非常階段の踊り場から中学校で出会うことになるヨウジ君が首を吊って垂れ下がっていたので、タッちゃんも含めたクラスのみんなで担いで教室へ運んだ。ヨウジ君はへにゃへにゃに軽くなっていて、ずっと恥ずかしがるような言葉を発していたようだ…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(1)

中磯瀬の町から母の実家までまっすぐに伸びる道は、大部分が動く歩道のような仕組みになっていて、薬をもらって家へ帰る時間帯には学校帰りのやんちゃな子供たちがそのやんちゃぶりを遺憾なく発揮しており、私はいつも母が怪我をしないか不安でしかたなかっ…

『空にかたつむりを見たかい?』 第46回(完)

朝は湿度が高めだ。その湿度と妙な夢のせいで、ひどく頭はぼんやりしている。僕は暑さ以上に湿気が苦手だ。肌の潤いを犠牲にしてでも湿気を取り除きたい。おそらく、東京には住めない。 歯磨きと洗顔で不快感を取り除いていたら、すでに土佐先生がキャンピン…

『空にかたつむりを見たかい?』 第45回

その日、僕はキャンピングカーの中で夢を見た。 夢の中で土佐先生は、地面に落ちていた女性用のパンティを拾い、両手の平に乗せて僕に見せた。 「秘儀・浮世離れ」 土佐先生がつぶやいた途端、パンティはむっくりと起き上がり、ふわりふわりと空の彼方へ飛ん…

『空にかたつむりを見たかい?』 第44回

事実だってことにしちゃえば、案外信じる奴が出てくるんだよ。いいことかどうかは、時と場合によるね。 たしか、ムー大陸だったかアトランティスだったかは忘れたけど、最初は創作物として世に出たんだ。でも、相手にされなくて、事実だってことにした途端、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第43回

「ねえ、ライアル・ワトソン君」 「その呼び方、やめてもらえませんか。あゆむんでいいです」 「恥ずかしがってたくせに」 食事を終え、他のみんながキャンピングカーの中で寝静まった後、僕は塔子さんと二人で外にイスを並べ、知悦部の夜空を眺めていた。他…

『空にかたつむりを見たかい?』 第42回

知悦部小学校事務職員 土佐洋太 ――知悦部地区小学校と地域を語る 知悦部小学校に赴任してきたのは、もう六年前のことですね。たいへん、良くしてもらっています。 児童数が減少し、欠学年も目立ち、閉校もやむをえないのだろうとは思いますが、やはり残念で…

『空にかたつむりを見たかい?』 第41回

「あったよ。これこれ」 マリサが持ってきたのは、土佐先生や塔子さんが中学三年生だった時の学級新聞だ。 部活動をしていない僕たちは、夏休み中、中学校を訪れることはなかったのだけれど、今日は許可をもらって図書室に集まっている。一応、閉校記念式典…

『空にかたつむりを見たかい?』 第40回

上野が去った後も、しばらくカメラを向けていたが、かたつむりが飛び立つ気配はなかった。あの日と違うことと言えば、なんだろう? やっぱり国島先生が撒いた、あのナントカ菌がいけなかったのだろうか。上野もクワガタは見つけられなかったようだし。いや、…

『空にかたつむりを見たかい?』 第39回

知悦部小学校PTA会長 上野信道 ――知悦部地区小学校と地域を語る 昔いたな。蕎麦アレルギーの子に、平気だって言って食わせてた教師が。給食のおばさんが、あれはかわいそうだったって言ってた。そいつのアレルギーが、軽度だったのが余計不幸だったのかも…

『空にかたつむりを見たかい?』 第38回

「じゃあアユムは、どうして今さらかたつむりが本当に飛ぶかどうかなんて気にしだしたの?」 「冷静になると自分でも分からなくなって、正直、今かなり悩んでるんだけどね」 「でも、続けてるんでしょ? だったら、引っ込みがつかなくなった以上の理由がある…

『空にかたつむりを見たかい?』 第37回

「聞いたよ、昨日のラジオ」 僕の部屋のテーブルに今まで見つけた「絵」の写真をまとめたファイルを広げ、マリサは言った。 「月曜日はネットで深夜ラジオも聞かなきゃいけないから、もう眠くて眠くて。そういえば谷川さんに、絵のこと聞いてくれた?」 「い…

『空にかたつむりを見たかい?』 第36回

「いつかなっちゃんが土星を釣った日」 なっちゃんはママといつも星釣り場 いつも土星が釣れずにがっかり いつか一緒に いつの日か ママと一緒に土星を釣る でもいつの間にか大きなって ママとのお買い物も減っていく ママとのお買い物なんて恥ずかしい 星釣…

『空にかたつむりを見たかい?』 第35回

「もうひとつの地球」 戸惑う宇宙飛行士 目の前に広がる荒野 故郷にもよく似た 懐かしさと新しさ 彼の細胞が いまここを許す 生まれる前に見たような 水のような空気が包む この形になって 感じ続けてた あれは何か 見てみたかったのは これなんだきっとほら…

『空にかたつむりを見たかい?』 第34回

「時刻は午後七時十五分を回りました。みなさん、こんばんは。高山龍子です。突然ですが、みなさん。恋がなぜ面倒くさいか分かりますか? これはあくまで私の個人的な考えなのですが、自分のことを好きになる人って、自分から遠い人であることが多いと思うん…

『空にかたつむりを見たかい?』 第33回

ニューアルバムの宣伝のため、地方のラジオ番組を廻っていた谷川さんは、今夜は母さんのラジオ番組にゲスト出演する。 勝也さんと谷川さんは、小学校や中学校では、仲が悪かったわけではないけれど、しかし、それほど一緒に遊んだりする仲でもなかったらしい…

『空にかたつむりを見たかい?』 第32回

シンガーソングライター 谷川拓也 ――知悦部地区小学校と地域を語る チャボってあだ名? あれは、洋ちゃんが言い出したんだ。 同じ愛称のミュージシャンがいてね。あ、知ってるかな? そうそう仲井戸麗市さん。中学の時、顔がちょっと似てるって言われてね。…

『空にかたつむりを見たかい?』 第31回

「サムデイ・ネヴァー・カムズ」 俺が最初に覚えてるのは、 オヤジにこう訊ねたことさ 「どうしてなの?」 なぜなら、 俺には知らないことがたくさんあったから そしてオヤジは微笑みながら、 俺の手をとってこう言うんだ 「いつの日か、お前にもわかる時が…

『空にかたつむりを見たかい?』 第30回

「よーし、じゃあ行くぞ」 阪市さんがベサメ・ムーチョ号のエンジンをかけた。 「ばっちり撮っておけよ」 カメラを回すダイチに向かって阪市さんが大声で叫ぶと、ベサメ・ムーチョ号は桑窪家の畑から尻悦部の空へと飛びたった。点々としか建造物のない尻悦部…