バカじゃないと生きていけない社会

 「バカでも生きていける社会」ってのは良いかもしれないけど、「バカじゃないと生きていけない社会」ってのは、それはもう悪夢みたいなものでしょ。

 「バカでも生きていける社会」というのは、賢いうえに心の広い人たちが、知恵を絞って住みやすく設計した社会である。対して「バカじゃないと生きていけない社会」というのは、なーんも考えず疑問も感じず、そこが住みにくい社会であることにすら気づかないような人間でないと住んでいられないような社会のことである。前者はユートピアと言っていい。後者はディストピアと言っていい。

 知り合いに会ったからといって、狭い道の真ん中やスーパーの通路などで話し込むと人の行き交いが滞り大迷惑である、ということに誰も気づかないような社会は「バカじゃないと生きていけない社会」だと言えよう。

 居酒屋などで、意味不明の大声をあげながら場を盛り上げようとすればするほど、合コン相手の女性たちは盛り下がっていくことに気付かない男ども(大学生ならまだしも、明らかに社会人のような者もいる)に反省を促さない社会も「バカじゃないと生きていけない社会」だ。

 もちろん、そんな酒呑みバカたちが車を運転して、そのために無関係の人間が犠牲になるような社会も「バカじゃないと生きていけない社会」だと言っていい。

 更に、そんな酒呑みバカたちが、酒と車は擁護するくせにタバコだけは迫害するような社会も「バカじゃないと生きていけない社会」だ。私もタバコ嫌いだが、あんなものはしっかり分煙しておけば済む話だ。何故もっと分酒をしない。

 不思議なことに、この「バカじゃないと生きていけない社会」は、「笑えるバカ」にとっても生きにくい社会であったりするから困る。

 おそらく、完全に「バカじゃないと生きていけない社会」化した世界では、『バカデミービデオ大賞』を楽しめるような人はほとんどいないだろう。なにせ、「それが笑えるバカである」ということに気付けないような人間がほとんどの社会になっているのだから。

 ……さて、あんまり夜遅くまで起きてばかりいると、考える力が鈍ってくるので、今日はそろそろ寝よう。目覚めた時に「バカじゃないと生きていけない社会」になっていないことを祈りつつ。