『元・引きこもりの13日の金曜日VS悪魔のいけにえ 〜語り部 死神〜』第3話

 一年以上の時を越え、誰が待っていたわけでもないというのに、真子晃君のラジオドラマ『13日の金曜日VS引きこもり』を元にした『元・引きこもりの13日の金曜日VS悪魔のいけにえ語り部 死神〜』の第3話をここに掲載。


https://uryuu1969.hatenablog.com/entry/20110216/1335612080
(『元・引きこもりの13日の金曜日VS悪魔のいけにえ語り部 死神〜』第1話)


https://uryuu1969.hatenablog.com/entry/20110305/1335611759
(『元・引きこもりの13日の金曜日VS悪魔のいけにえ語り部 死神〜』第2話)




『元・引きこもりの13日の金曜日VS悪魔のいけにえ語り部 死神〜』第3話
           
            (原案:真子晃『13日の金曜日VS引きこもり』)


 意識を取り戻したが、何も見えない。一瞬、目が潰れたのかと思ったが、どうやら袋かなにかを被されているらしい。猿轡までされていて、呼吸も苦しい。どうやら、頭部から出血もしている。首筋が血で濡れているのがわかる。身動きもとれない。なにかに縛り付けられているようだ。
近くに誰かがいる。おそらく、ターゲットの大男だ。それくらいは分かる。そういう訓練も積んだ。ただ、何がどうなっているのかは分からない。それに、他にも誰かいる。妙なうめき声。ガガだろうか。しかし、とても人間とは思えないようなうめき声だ。しかし、あれだけハンマーで容赦なく殴られているのだから、このような声になってもおかしくはない。生きている方が不思議だ。そんなことを考えていると、突然、視界が開けた。被されていた袋を急に外されたのだ。
 袋を外された俺の目に飛び込んできたのは、鉄製のフックで食肉のように吊るされたレディーの姿だった。うめき声の主はレディーだったのだ。
 レディーは痙攣する両手で、必死にフックを掴んでいる。フックは、背中の上部に突き刺さっており、まるで首の付け根を釣り上げられているように見える。突き刺さると同時に止血帯の役目も果たしているのか、そこからの出血は見られない。だが、頭部からは出血している。おそらく、俺やガガと同じように、ハンマーで殴られたのだろう。
 俺は叫ばなかった。叫ぼうとしたところで、猿轡をされているので、叫びようもなかっただろうが、声にならない声すら出せなかった。しかし、すぐに状況を把握しなければとも思えた。この辺りの感覚は、ひょっとしたら訓練の賜物かもしれない。
 頭をハンマーで強く殴られ、更にフックに突き刺され、吊るされているのに、レディーの意識ははっきりしているようだった。でなければ、両手でフックを掴むこともできず、既に肉が裂けて床に落ちていたかもしれない。足も苦しそうにバタつかせている。その行為はむしろ、突き刺さった部分の痛みを増幅させるだけだと思うのだが、動かさずにはいられないのだろう。おそらく、あの大男はそこまで見越してレディーを吊るしている。
 既に息絶えているらしいガガは、テーブルの上に横たえられていた。おそらく、この男の目的は、苦痛を与えること。ガガは、大男にとっては予定外の存在だったのだろう。レディーを捕まえ、楽しもうとしたところにガガがやってきて、仕方なく……といった感じだろうか。
 いや、だとしたら、どうして俺は死なずに縛られているんだ? 俺もあいつの「楽しみ」のための玩具にされるのか? 男の行動がつかめない。いや、そんなことを考えるよりも、どうやってこの拘束を解くかを考えなければならない。それが出来なければどうしようもない。しかし、一体この状態で何ができる?
 男は、俺にもレディーにもガガにも目を向けず、部屋に散らばった工具などを片付けている。いや、何を使うのか悩んでいるのかもしれない。何を使えば楽しめるのかを考えているのかもしれない。やがて、俺たちを残して部屋を出て行ってしまった。しかし、それにしても男の被っているあのマスクはなんだ。なんだか、まるで……。いや、よせ、余計なことを考えるな。
 レディーは相変わらず、不快な音をたて、縋るような視線を身動きのとれない俺に送る。
 レディーのうめき声を「不快」と感じていることに、少し俺は驚いた。俺はレディーに殺しをさせないために、そしてレディーが生きつづけられるようにする為に暗殺者になったはずなのに。今、苦悶に歪み、愛らしい顔が台無しになり、人間と思えないうめき声を漏らすレディーを見て、俺は何を感じている? 恐怖と嫌悪感じゃないか。俺は結局、自分が気持ちよく生きたいためだけに、偉そうなセリフを言って暗殺者になっただけなのか?
 ……いや、そんな事を考えている場合ではない。とにかく、この状況から抜け出さなければいけない。俺がレディーに対してどんな思いを抱いていたとしても、この場から脱出する方法を見つけない限りはどうしようもない。冷静になれ……冷静になれ……。
 俺の目も見開かれていることだろう。眼球が乾いていくのがわかる。そんな俺を見て、レディーは何を思っているだろう。いや、なにかを思う余裕なんてあるだろうか。
 必死に拘束を解こうと、全身の力を振り絞るが、きつく縛られていてびくともしない。それに、殴られたダメージも大きく、力も入りきらない。鍛冶場の馬鹿力なんてものは出そうにない。逆流してくる胃の中身を押し戻すだけで精一杯だ。それすらできなくなったら、猿轡と吐瀉物で窒息死するかもしれない。駄目だ、冷静になっているだけで、ちっとも解決策が浮かばない。
 やがて、男が戻ってきた。持っているのは……俺のチェーンソーだ。男はチェーンソーを震わせる。マスクで表情は見えないが、おそらく男は、笑っている。
 レディーが耳障りな声を上げて、身をよじらせる。しかし、男はレディーでも俺でもなく、ガガを解体しはじめた。いや、解体と呼んでいいのか? ガガの身体をバラバラに切断していくのかと思ったが、男はガガの表面だけをチェーンソーの刃で傷つけていく。
 回転する刃は、ガガの皮膚を深くずたずたにしていく。その度に、血や肉片が飛び散り、俺やレディーに噴きつけられる。ガガの身体は、ゆっくりと、その表面だけをぐちゃぐちゃに削られていく。
 なんだ? 何をやっているんだ、この男は? 自分やレディーが殺されなったことへの安堵など感じている暇はなかった。どうして、既に死んでいるガガの身体を解体する? しかも、解体とも呼べない、ただ身体をぐちゃぐちゃにしようとするようなやり方で。
 俺が冷静さを失っている間に、男はガガの首から下をほぼ隙間なくチェンソーで削った。辛うじて人間だったとわかる形だが、その表面は肉や骨や血液や内臓が一緒くたにかきまぜられている。ピザに似てる、と俺は思った。そして、そんな事を考えているのに気づいた時、これはもう駄目だと悟った。
 男は、ガガの顔を削りはじめた。ゆっくり、慎重に、うなる刃をガガの顔に近づけ、少しずつ壊していく。
 ああ、きっとこれは練習なのだ。生きた肉体の前に、死んだ肉体で、より面白いやり方を探っているのだ。
眼球を削り潰し、鼻を削ぎ、男はガガの顔面を壊していく。そこが顔だったのかどうかさえわからなくなるほどに削り終えると、男は今度は躊躇なくガガをバラバラにしはじめた。後姿だけが削りとられなかったガガの身体が、解体が進むごとに露わになる。正面をぐちゃぐちゃにしただけで、こうも人間ってのは滑稽で醜い見た目になるのか。あんなやり方で暗殺を遂行したことなどなかったが、ひょっとしたら男のやり方の方が依頼人は喜んだかもしれない。生きたまま、チェーンソーでじわじわと削り殺される苦しみは、想像を絶するものだろう。
 だが、もう俺には関係ない。もともと、死ぬつもりだったんだ。それに、俺は訓練中にちょっとした能力を手に入れている。暗殺をするうえで、とても重宝する能力だ。
 俺は、ちょっと集中するだけで痛みも苦しみも感じなくなる。他人の痛みを想像しないようにする訓練をしているうちに、俺は自分の痛みも意図的に感じなくすることができるようになった。痛みは危険信号であるから、まったく感じないと日常において困ったことになるが、俺は痛みのスイッチのオン/オフが割と自在にできるのだ。
もっとも、他人の痛みの想像を阻止する訓練の最中に副次的に得た力なので、段階的には、まず他人の痛みを想像することを意識から飛ばし、そこから更に集中すれば自分の痛みも感じなくなる。ああ、そうか。レディーのうめき声を不快に感じていたのは、きっと無意識のうちに、他人の痛みの想像を飛ばす準備をしていたからなのだろう。だとすれば、あと少し、意識を集中させれば、俺はこの男にどんな目に遭わされようと、楽に死ねる。あの日、レディーに殺されなくてよかった。あのときはまだ、こんな力などなかったから、きっと苦しい思いをしただろう。うん、ここまで冷静に考えられるようになれば、ほぼ大丈夫だ。
 男は、チェーンソーの刃をゆっくりとレディーの顔面に近づけていく。レディーは必死に身をよじらせ、また俺の方を見るが、もう俺は何も感じない。男は、そのままチェーンソーの刃をレディーの眼球に押し当てた。
 すると、眼球を削られたレディーが、痛みのショックで大きく足を動かした。レディーの足は男の急所を蹴り上げる形となり、不意をつかれた男はチェーンソーを持ったまま転倒した。
 あの映画。目の前の男とほぼ同じ姿をしたチェーンソーの殺人鬼が登場するあの映画では、転倒した男は自らの足を傷つけた。
 しかし、目の前の男が持っていたチェーンソーは、俺の足の甲を切り苛んでいた。
「おごおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 猿轡を噛まされたまま、俺は叫んだ。
 待ってくれ、まだ、俺は俺の痛みを飛ばせていない。
 なんでだ? どうして、俺に向ってくる? レディーを殺るんじゃなかったのか? 待て、もう少しだけ待ってくれれば……。待て、ま、ひぎいいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

(つづく)