「そろそろ諦めないと、次の試合に行けなくなるよ」

 なんか色々とうんざりとすることがあるから、ずっと忍野扇ちゃんに「愚か者ですねえ」と蔑まれていたい気分。

 ※〈物語〉シリーズを読んでいる人ならわかってくれるかと思いますが、扇ちゃんに蔑まれたいという願望は、つまり考えることをやめないのと同義であり、たしかに、リアル戦場ヶ原ひたぎ的な腐れ縁の女友達から「あたしと10年以上友達やってるんだからMに決まってるでしょ」と言われた私ではありますが、今回の発言は、単に私のM性を公式告白したものではないということをここに宣言しておきます。

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 折り合いというか、「科学と神秘のあいだ」的な話というか、芸術においてはトンデモなセンスがかえって魅力になることも多々あって、実際、私も思想的には、おいおいちょっと待てよと思うような芸術家でも、その作品に好きなものはたくさんある。作り手の芸術以外に関する話まで鵜呑みにしないだけ。

 大泉洋は大好きだが、大泉洋の料理を真似したりはしない、というような話と言えないこともないかもしれない……(画面越しに、あの火災のようなフランベを見るのは大好きさ)。

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 「あなたのことをモデルにした物語を書かせてください」という依頼はできるのだが、「あなたの家を撮影に使わせてください」という依頼は、どうしてもできない。

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 「歯に衣着せぬ」というだけで、賢いわけではなくとも、知的だとか勇者だとか言われたりする不思議。

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 違和感を感じるのは、むしろ「『美味しんぼ』を批判すること」=「原発は批判していない」というような考え方の方なんだがな。

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 「デマに踊らされるのは、「完璧な人間はいない」というテーマのアーティスト的なパフォーマンスかしら?」

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 「勉強すると直感が鈍るだとか、感性が鈍るだとかと言う人がおりますが、そういう人は、単にそれまでの直観やら感性やらが間違っていただけのことではありませんか?」

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 「あなたが卑劣だと思っている相手と戦う時に、間違った武器で戦っても逆効果でしかないと、なぜ思わないのでしょうか? 少なくとも、目的が同じ人たちの多くからも「それは、ちょっと」と言われるような武器が、「卑劣」な相手に通じるわけがありません」

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 「もっと大きな悪があるんだから、細かいことにいちいち突っ込むのはよせ」みたいな考え方が世の中を良くするとは、どうしても思えない。

 そういう意味で、FFシリーズの中で個人的には一番好きな「Ⅵ」だが、どうもエドガーというキャラが好きになれないのは、「罰すべきは奴らじゃなくケフカだ」みたいな台詞を何度か言うからだろうな。フィガロ城の囚人もそんなこと言ってたし。弟、筋肉バカだし(←それは関係ないか…)
 そもそも、ケフカは魔導の力を注入されたことで精神に異常を来したという設定なわけで、だとしたら被害者とも言えるわけで、かといって作品内で『怪奇大作戦』の封印エピソード『狂鬼人間』的な問題提起があるわけでもなくて……
 そう考えていくと、私が「Ⅵ」がFFシリーズでいちばん好きな理由って、音楽と崩壊後の終末的描写とティナの雰囲気とセッツァーだけってことになるのかもしれないな。これらの要素が好き過ぎて、シリーズでいちばん好きということになってるのか。

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 ところで、このところ、所ジョージさんの歌が何度目かのマイブームとなっているのですが、一昨年くらいから、所さんは「最近の唄」を公式に動画でアップしているのですね。世田谷一郎という名前で出ております。


 もっとも最近の「最近の唄」 「嗚呼、ひと休み」



 

 もっとも好きな「最近の唄」 「休日の国」