「4巻には「日常を保つ」というテーマがあります。(中略)歩鳥は何故泣いたのか。単に真田家に同情したわけでなく、日常というものがそれを維持しようとする一人一人の善良さで保たれているという事に気付いてしまったからではないでしょうか。そんな歩鳥は4巻の最後でなんとも平和なお正月を迎えます」(石黒正数『それでも町は廻っている』4巻「あとがき」より)
- 作者: 石黒正数
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 2008/03/19
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私が勝手に思い描く「理想の女性像」に最も近いキャラクター・紺先輩が登場する『それでも町は廻っている』の最新刊(13巻)を購入しました。
さて、購入したのは最新刊である13巻なのに、なぜ第4巻のあとがきを引用したのかというと、ここに書かれている「日常を保つ」というテーマは、4巻だけでなく、『それ町』全体を支えるテーマの一つだと思うからであり、そしてこの「日常を保つ」というテーマは『聲の形』を考察する上でも、重要なテーマだと考えているからだ。
「空気系/日常系」と呼ばれる作品、またはそれに準ずるような作品は、漫画/アニメに限らず(基本的にこのジャンルは、漫画/アニメ、あるいはライトノベルに対して使われるものだが、ブーム以降は「空気系/日常系」を意識したと思われるドラマや映画も見受けられる。もちろん、この言葉が生まれる以前にも、当然近い雰囲気の作品は存在している)、良いものもそうでないものも合わせ沢山生まれているわけだが、なぜそのような「平和な日常」が保たれているかが作品内でどれだけ重要視されているか、という点に目を向けると、この「空気系/日常系」作品が、このようなジャンルであるということだけで孕んでしまう批評性のようなものも見えてくる気がする。『それ町』は、あとがきで作者が記しているように、その点が色濃い作品だと思う(もっと「萌え」に近い作品を挙げれば、『ゆゆ式』もそうだと思う。仲良し3人のグダグダなじゃれ合いだけが描かれているわけでなく、彼女たちは、「あ、この話題は今は適さないな」というような「空気系的空気」とでも呼べそうなものを継続させるためのシビアな選択をかなり行っている)。
逆にアニメ版『けいおん!』の第2期(つまり『けいおん!!』表記のもの)のいくつかのエピソードは、そこが疎かになっていたように思う。1期、2期問わず、吉田玲子が脚本の回にハズレはないのだが、横谷昌宏が脚本を担当した第15話「マラソン大会!」は、特に「空気系的空気」を保っているものの重要性が考慮されていない気がする。言うならば、「一人一人の善良さで保たれている空気系的空気」ということに、作り手が甘えている(作中で言えば、唯がそのことに鈍感であるように見えてしまう)ような印象を持った。
『聲の形』は空気系でも日常系でもないが、植野や小学生時代の将也は、硝子によって日常が壊されたと考えていた。しかしそれは、以前も指摘したように、ただ不寛容な人間たちが自滅しただけであり、「僕たちの日常」を壊したのは、むしろ植野やかつての将也自身だと言うべきだろう。中村一義の「虹の戦士」の歌詞に「ただ楽しいってだけじゃ、死ぬぜ!?」というフレーズがあるが、「日常」は当たり前のようにそこにあるわけではなく、それを保つのに必要なのは、一人一人の善良さである。『ダークナイト』のジョーカーや『ダーティハリー』のスコルピオのような「徹底した破壊者」によって壊されたというのなら同情もできようが、硝子はそんな存在ではない。当時の将也たちは、「日常」が勝手に続くものと思い込んでいただけなのである。
ところで、「空気系/日常系」作品の多くは、主人公たちの設定が高校生である。これは、読者層の影響なども勿論あるだろうが、描かれているような「日常」を保つためには、キャラクターたちがそれなりに「大人」(何をもって「大人」と呼ぶか、みたいな議論は省略する。ここは、とりあえずだいたいのイメージで捉えて良いと思う)でなければいけないからだと思う。まあ、だからと言って『聲の形』の小学生・将也は単に未熟なだけだったのだから責任などないなんてことにはならないのだが、たとえ若干のファンタジー的な要素が許されるタイプのフィクションであっても、「日常」を保つための善意や努力や配慮といったものを疎かにするのは、倫理的にNOだと言いたい。そのことに気付いている歩鳥が平和な正月を迎えるのも、逆に気づくのが遅すぎた小学生・将也が転落していったのも、ある意味必然と言えるのかもしれない。
ついでになるが、小学校〜中学校時代の同級生が、高校や大学と比較して、その後の人生において疎遠になりがちなのは、単に進学や就職等によって「離れる期間」が長くなるからだけでなく、過去の傷として心の奥底にしまっておいた方が精神衛生上良いような出来事が、その時期に起こりやすいからかもしれない。だからこそ、社会のシステムが、人生の初期の関係と疎遠になりやすいように出来ているのでは? なんてことを思ったりもする。『あずまんが大王』のラストのように、高校生くらいになれば、その後も関係を続けるための配慮や努力を怠らない程度には「大人」であってもリアリティに欠けているとは思わない。この辺り、以前ブログに書いた通り、『聲の形』において、将也や硝子と今後も良い関係が続きそうな気配を見せているのが、高校以降の関係であるということとも無関係ではない気がする。
ここからは、『それ町』(特に13巻に関して)の当たり障りのない(?)ちょっとした感想。
とりあえず、紺先輩です。13巻は特に紺先輩の巻でしたね。血液型の話を信じていても好きでいられるのなんて、紺先輩くらいですよ(ただ、紺先輩が信じているのは、「血液型性格診断」というよりはただの「血液型占い」な気もします。実際、歩鳥は「血液型占い」と言ってますね)。B型の女とは合わないというだけで、B型の男と合わないわけではないですよね? そうですよね、紺先輩。まあ、いずれにしてもそのオカルトは静ねーちゃんが言うところの「まがい物」ですから、もうこだわる必要はないですよ、先輩。あと、紺先輩は、きっと映画『ウィッカーマン』も観たのだろうな。しかも、ちゃんと1973年のオリジナル版を。まあ、ウィッキーさんも、別の意味で恐怖の対象ではあったかもしれないが。
いちばん気になるのは、かつての紺先輩(紺後輩?)の先輩である座成さんのこと。9巻収録の第71話「歩く鳥」の回想シーンにて、紺先輩を階段から突き落としたのがこの人なのだが、この時の別の上級生の「もっと上から落とさないとケガしーねじゃん」という台詞が、単純に座成さんが嫌がらせとしてのミスをしたから発せられたのか、それとも躊躇したから「ケガしない程度の高さ」からしか突き落せなかったのか。13巻収録分の話を読むと、元々裏がありそうにも見えるが、そんな厭な人でもないようにも見えて、なんだかモヤモヤする。でも、この辺りの真相は最後まで描かれないような気もする。
ところで、この最新刊は『聲の形』にハマってから読む初めての『それ町』でもあるので、こじつけではあっても、なんだか両作の共通点というものを探してしまう。『それ町』では、歩鳥の両親の顔が徹底して描かれないが、これは『聲の形』だと将也の姉と同じである。まあ、その理由は違うのだろうけど。歩鳥がたまに着ている「ハリウッド」の文字が書かれたTシャツ。永束君もアルファベット表記の「Hollywood」な服を着ていましたね。タッツン=川井というのは……メガネだけだろと思うかもしれませんが、自分を「可愛い」と思っているところなんかも。まあ、タッツンは全く憎みどころは見当たりませんが。ついでに言うと、植野の攻撃性がエビちゃんみたいなタイプだったら、私だって「植野、可愛いな」と思えたのだろうな、と……。植野はちっとも「いい性格してんなあ」と笑えないんだよ。
椎茸の茎は不味くないと思うよ。オムレツに入れるからゴミのオムレツになるだけで。塩コショウで炒めてみなさい。
静ねーちゃんの好物が、べちこ焼きと日本酒以外、我が悪友のお嬢と同じな件。それにしても、静ねーちゃんの「オカルトの敵は『信じない奴』じゃない、『まがい物』だよ」は大名言ですね。
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『聲の形』に関することをメインにしたエントリの目次ページ。
http://d.hatena.ne.jp/uryuu1969/20150208/1423380709