「なんでもは聴かないよ。聴いてるものだけ」

 DEEN「JUST ONE」、西脇唯「君がいるから・・」、中西保志「それでいいよ」、小田和正ラブ・ストーリーは突然に」、徳永英明「魂の願い」……。90年代J‐POPの話をしたいわけではない。これらは、ネット上で見つけた『聲の形』の主題歌として推されていた楽曲である。

 ど う し て

 思わず、将也と再会した時の硝子のように、世界に問いたくなった。いや、『聲の形』に対する評価が私とかなり異なっている人の意見なら、まだ冷静でいられたのだろうが(根本的に作品に対する印象が違うのだろうという意味で)、しかし、同じような感想を持っているらしい人が、これらの楽曲を推しているのを見ると、なぜ?どうして?何がどうなってそういうことになったの?と軽く動揺すらしてしまう。

 というわけで、前回告知したように、今回は『聲の形』に限らず、映画、ドラマ、アニメといった映像作品の音楽、特に「主題歌」の在り方について、暑苦しく一方的に書き散らかしていこうと思います(読んでくださっている方のセンスを全否定するような内容になるかもしれませんので、そういう場合は「美月こそ、わかっちゃいねえよ」と馬鹿にしながら読むか、そもそも最初から読まずに放っておくかにしておくと良いでしょう。それがお互いの健康のためです。一応、自制して、可能な限り当たり障りのないように書こうとは思っています)。



 映画学校時代、他の演出面に関してはともかく、音楽/選曲に関しては、同期(あるいは先輩や後輩)のセンスに対して、「まったくどいつもこいつも……」とかなり苛ついていたことを、ここで改めて告白いたします。なにせ、この間、褒めちぎった同期の星・真子晃一先生に対してすら、こと音楽に関しては、「いやいや真子先生、そこはそうじゃないだろう」と言いたいことが何度かあったくらいである。

 ある実習作品(これは真子君とは無関係の別の同期生の作品)の中では、レッド・ツェッぺリンの「Communication Breakdown」が最低の形で使われていて、この曲そのものを嫌いになってしまったし、また別の実習作品では、押尾コータローをしつこく流していて、大好きだった押尾コータローのギターの音を聞くと、あの作品が浮かんでしまって落ち着いて聴いていられない体になった。まるで『時計じかけのオレンジ』のアレックスが大好きだったベートーベンの「第9」を聴くと、死にたくなる体になったように……。

 考えてみれば、映画学校に入学してきているのに、映画館どころかレンタルすら容易にできない秘境のような土地に育った私よりも映画体験の少ない人たちがたくさんいたのだ。音楽体験はもっと乏しくて当然である。こと「選曲」という作業の場合は、どうしたって聴いてきた量と幅は重要だろう。

 聴いてきた音楽の量/幅という話に関してだが、「なんでも聴く」と公言する人は、音楽的には信用しない方がいい。「なんでも聴く」と言う人の「なんでも」は、大抵一つか二つのジャンルの中での話である。「なんでも聴くよ。いきものがかりも好きだし、EXILEも好きだし、ドリカムとかも聴くよ」……全部J‐POPである。「なんでも聞くよ。最近のセカオワも好きだし、でも一番は世代的にBOØWYかな。ちゃんとビートルズだってセックスピストルズだってニルヴァーナだって聞いてるよ」……全部ロックである。本当に「なんでも聴く」というのは、勿論国籍は問わず、ポップもロックもジャズもクラシックもあらゆるワールドミュージックも現代音楽もノイズもアニソンもボカロも企画モノも、とにかく分け隔てなく聴いてはじめて言えることである。ゆえに、「聴かないジャンルを言った方が早い」人なら、そこそこ存在していても、「なんでも聴く」という人はなかなか存在しない。いっそ、「はやりの曲くらいしか聴きません」とはっきり言える人の方が信頼できる。だが、本気で「選曲」を行うなら、限りなく「なんでも聴く」人にならないとダメだろう(ただし、フランク・ザッパという極端な例がある。ザッパの場合は「なんでも聴く」などという生易しいものではなく「(ほぼ)なんでもやった」が正しい。なんでも聴いて、なんでもやった。しかも、しっかり噛み砕いて。ゆえに、「フランク・ザッパしか聴かない」という人は、その辺の「なんでも聴く」人よりも、遥かに音楽的素養が深く広い可能性がある。そもそも、ザッパのCDを集めるだけで50枚を越してしまうのである)。


 『聲の形』の主題歌候補の話に戻ると、先に挙げたどれもが(楽曲の個別の評価は別として)、いかにも90年代的なドメスティックなJ‐POPである。曲名の時点で、テーマを語りすぎてしまっているのもいただけない。こういったタイプの曲は、曲調にせよ歌詞にせよ、下世話なくらいこってりしていて、悪く言えば押し付けがましく、描写不足という批判もある『聲の形』の「可能な限り、余計なものをそぎ落とすことで達成した世界観」には、とても合わないと思う。

 基本的に私は、どうにも90年代のテレビドラマ、テレビアニメのOP曲、ED曲というものが、苦手である。曲単体ではさほど不快ではなかったとしても(単体では好きなものだってある)、OP曲、ED曲としては主張が強すぎるのだ。作品を補完するわけでもないし、寄り添っているわけでもない。暴走しすぎのギターソロのようなものだと思う(余談だが、先日の大不評だった『金曜ロードショー』での『シャーロック・ホームズ』放映時のテロップを作った人のセンスと、こういった90年代テレビドラマ/テレビアニメのOP曲、ED曲の選曲者のセンスは地続きではないかと思う。『X‐ファイル』の日本版主題歌をB’zにした奴も、ツラ出せこの野郎と思ったりする。B’zは嫌いじゃないが、『X‐ファイル』はそういうドラマじゃねえだろう、と。歌詞すら合ってなかったぞ。ちなみに、『エヴァ』を観始めたきっかけは、あの頃のアニメにしては珍しくOPもEDも気に入ったからだったりする。特にED。「Fly Me To The Moon」を選んでくるところにグッときてしまったわけで)。もっとも、ドラマやアニメの内容そのものが良くも悪くも90年代的でもあったので、『X‐ファイル』の例はともかく、当時そこまで「合わねえなあ」と思っていたわけでもない。だが、『聲の形』の主題歌に推されているのを見ると、ちょっと待ってくれと思ってしまう。

 そういえば、ツイッターで「“音楽を聴く=ボーカルの歌詞だけを聴き取る”という行為でしか音楽を聴けない人がそれなりにいる」という話が流れてきた。おそらくだが、上記の『聲の形』の主題歌候補曲を挙げていた人たちも、多かれ少なかれこういう面があるのではないかと思う(真子先生も、インスト曲があまり聴けないというようなことを言っていたことがあった)。たぶん、「君がいるから・・」を選んだ人は、典型的な「ボーカルの歌詞だけを聴き取る」タイプではないかと思っていて、そうじゃなければ、イントロの時点で無闇に盛り上げすぎなあの曲を『聲の形』のOP、EDに推す理由がわからない。ただ、たしかに歌詞だけを抽出すれば(これもまた、作品内では明言せずに描かれていたようなものを説明し過ぎな印象が強く、あまり賛成はできないのだが)、内容に合っていないことはない。だが、歌詞さえ合っていればいいのか、という話に当然なり、もしそれでいいのなら、森田公一とトップギャランの「青春時代」だって、合っていないことはない。「青春時代の真ん中は、道に迷っているばかり」……将也そのものじゃないか。だが、これはおそらく、ファンなら誰もが反対してくれるだろうと思う。



 「ゴタゴタぬかしてやがるが、じゃあ、てめえのセンスとやらを見せてみろよ」と思われていることでしょう。まあ、『聲の形』に関しては、以前も述べたように、こういったがっかりを味わいたくないこととは別に、「音楽」はともかく、「主題歌」はつけない方が良いんじゃないかとは思っているが、強いて言うなら今のところ、この動画がベストかなと思う(既に動画が作られているわけで、私が選んだ曲というわけではないが)。

 これはいい。女性ボーカルによるカバーバージョンであることが特に良い。オリジナルはオリジナルで良いのだが、ただ『聲の形』のテーマにするとなると、米津玄師のボーカルが濃すぎる。歌詞に関しても、言葉の選び方がゴテゴテしくならないギリギリのラインを保っているように思う(気取った暗喩のようなフレーズもほとんどなく、それでいて説明的すぎるわけでもない。更に歌詞内容も、作品の結末や全体像を物語るような形にもなっていない。悲劇的な結末さえ想像しかねない、オープンな形である)。他の候補を挙げると、これもまた以前書いた通り、さよならポニーテールの「きみはともだち」(タイトルが作品内容的に直接的すぎてしまうのが難点)かタテタカコの「宝石」(映画『誰も知らない』の挿入歌。他作品で既に使用されている楽曲がOP、EDに選ばれることは、まずないだろうが、イメージとして)。でも、やっぱり「歌」はいらないんじゃないかと思う。

聲の形(1) (講談社コミックス)

聲の形(1) (講談社コミックス)

(追記)この、『聲の形』主題歌問題に関して、改めて考え直してみたのだが、ひょっとすると、ファンにせよ、あるいは否定派にせよ、多くの人が『聲の形』という物語から抱く印象は、私が思っている以上にもっと「激しく」「熱い」もの(『聲の形』に対する思いが熱いのではなく、漫画そのものの演出/印象が)として捉えているのかもしれない。私は激しいシーンがあるというだけで、全体の演出、そしてそこから抱く印象は、もっと静謐なものだと思っているのだけど。まあ、植野の感情面は一時のトレンディドラマ感、あるいは昼ドラ感があったけれども……。でも基本は尾崎豊ではなく、佐野元春というか……あるいは深作欣二ではなく、どちからと言えば北野武といか。だが、もしそういった演出面的な印象が、他の人よりも私が静謐に捉えがちなのであれば、内容そのものに対する感想が同じようなものであっても、上記のような主題歌/音楽に対する印象の差が生まれるのは当然かなと思う。

 「演出」ということに関して言えば、『聲の形』は『blue』や『ココロとカラダ』の時の安藤尋監督の雰囲気だと思っている。『blue』は原作(魚喃キリコ)も好きだけど、映画が特に好き。音楽は大友良英だし、仲村綾乃も出てるし。「静かに痛々しい」あの感じ。いや、ベスト・オブ・仲村綾乃は『tokyo.sora』だけどね。次点でセブンイレブンのCMと空気公団「夕暮れ電車に飛び乗れ」のPV。(キャロラインはあくまでキャロラインだから。そして、ノヴァクっていうか、たぶん、もうノーバックだから。この意味がわかる人とはぜひ仲良くなりたい)。

blue [DVD]

blue [DVD]






 さて、ここで一つ、「主題歌」をめぐる思い出話。「小説や漫画を読んで、自分なりのテーマ曲を決める」ということは、幼い頃からやっているのだが、村上龍の『愛と幻想のファシズム』は読み終えてすぐにブルーハーツの「1001のバイオリン」(「1000のバイオリン」ではなく、あくまで「1001のバイオリン」の方)が頭の中で鳴りはじめた。以来、『愛と幻想のファシズム』の主題歌は「1001のバイオリン」以外認めない、くらいの気持ちでいたのだが、ある時、とあるテレビ番組で、深作欣二監督が『バトル・ロワイアル』撮影中に、よく「1001のバイオリン」を流していたという話を知った。しかし、『バトル・ロワイアル』の全体のテーマ曲といえばヴェルディの「レクイエム」であり、エンドクレジットに流れたのはDragon Ashの「静かな日々の階段を」である(これは本当にベストな選曲だと思う)。「1001のバイオリン」は『バトル・ロワイアル』のテーマではなかった。だが、その後、藤原竜也の雑誌インタビューで、深作監督が藤原竜也を主演に『愛と幻想のファシズム』を撮りたがっていたことを知ることになる。ここからは想像だが、もし深作欣二監督・藤原竜也主演の『愛と幻想のファシズム』が実現していたなら、きっとエンドクレジットで流れたのは「1001のバイオリン」だったと思う。私は、巨匠・深作欣二と「選曲センス」が(おそらく)通じ合っていたことに興奮した(まあ、深作作品のすべてが好きってわけではないけど。『ガンマー第3号 宇宙大作戦』とか『魔界転生』とか、なんで撮ったんだろうと思ってるし)。

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

 そんな、故・深作欣二と、おそらく選曲センスだけは通じ合っていただろうと思われる美月雨竜氏が選ぶ、「主題歌/挿入歌の良かった作品(今回は国内作品限定)」をいくつかご紹介。主にリアルタイムで鑑賞することのできた90年代以降のもの。つまり、私の「選曲センス」というのは、これらの作品を「良い」と感じるタイプである、ということ。とやかく言うより、好きな例を挙げた方が早そう。


ジブリ作品』
 なんだかんだで、ジブリ作品の音楽にハズレはほぼない。特に、そこまでファンではないユーミンの歌を、いまでも条件反射的に涙が出そうになる歌に変えてしまった『魔女の宅急便』は恐ろしい。宮崎駿作品以外でも、つい最近なら大傑作『かぐや姫の物語』で二階堂和美(2003年の『また おとしましたよ』は超名盤)の「いのちの記憶」が素晴らしい。

自転車吐息』(1989年/監督:園子温
 グレイトリッチーズによる荒削りすぎる「バラが咲いた」のカバー。当時、「日本語がしゃべれなかった」(帰国子女という意味ではなく、おそらく詩人でもあった園子温監督、芸術家にありがちな抽象的すぎる言葉が多かったのだろう)という監督が、やりたい放題に撮ったであろう、よくわからない映画ではあるのだが、妙に記憶に焼き付けられた。

自転車吐息 (レンタル専用版) [DVD]

自転車吐息 (レンタル専用版) [DVD]

『みんな〜やってるか!』(1995年/監督:北野武
 主題歌というより、猥雑に詰め込まれた挿入歌の数々が壮絶。バラエティ番組のお笑い的なセンスによる選曲(今最も近いのは、おそらく『モヤモヤさまぁ〜ず2』の選曲センス)。警官からピストルを奪おうとするシーンには曽根史郎の「若いお巡りさん」、リンゴが出てくれば並木路子の「リンゴの唄」。徹底的にシュールにギャグ化される昭和歌謡。コメディ的選曲のお手本。なぜかエンドクレジットは倍賞千恵子の「さよならはダンスの後に」。

みんな~やってるか! [DVD]

みんな~やってるか! [DVD]

スワロウテイル』(1996年/監督:岩井俊二
 YEN TOWN BAND「Swallowtail Butterfly〜あいのうた〜」。90年代的J‐POPと映画の融合は、結局のところ、この映画がほとんど唯一の成功例であり最高峰なんじゃないかと。

スワロウテイル [DVD]

スワロウテイル [DVD]

『青い春』(2001年/監督:豊田利晃
 ミッシェル・ガン・エレファントの「ドロップ」。あの問答無用にグサグサ刺してくるようなギターとボーカルは、この映画の雰囲気そのもの(実際、山崎裕太がグサグサ刺されてます)。クライマックスにスタジオ録音版が流れ、エンドクレジットではライヴ音源が流れる。つまり、音源は違えど、同じ楽曲が連続で流れるわけだが、鬱陶しく感じることはない。

青い春 [DVD]

青い春 [DVD]

 
リアリズムの宿』(2003年/監督:山下敦弘
 くるり「家出娘」。ブレイク前の尾野真千子が演じた役のテーマといっていい。ただし、映画全体のテーマになっているかといえば、歌詞に関して言えばそうはなっていない。主演二人のことではなく、あくまで尾野真千子。でも、たしかに映画の締めくくりにぴったりな気だるさ。
リアリズムの宿 [DVD]

リアリズムの宿 [DVD]

時をかける少女』(2006年/監督:細田守
 奥華子「ガーネット」。挿入歌の「変わらないもの」も良い。J‐POP的すぎるアレンジは「主題歌」としては主張が強すぎるという前述の意見から考えれば、こういったピアノ弾き語りがメインの歌い手(アンジェラ・アキだと、これはまた声が強すぎる)が世界観的にも正解だった。細田作品では、今のところ一番好き。

時をかける少女 通常版 [DVD]

時をかける少女 通常版 [DVD]

Q10』(2010年/日本テレビ
 高橋優「ほんとのきもち」。とにかくドラマそのものが良かったんだよ。ただ、細かい素敵なエピソードがあらゆる方向から降ってくるような作りで、メインの筋というものが人によっては見えにくく感じる面もありそうで、ゆえに高橋優のこの歌は、ある意味「ダメ押し」。この場合は、声や楽曲の主張の強さがかえってドラマを補完した。

『Q10』DVD-BOX

『Q10』DVD-BOX

鈴木先生』(2011年/テレビ東京
 長谷川博己が演じることにより、原作ではそこまで感じることのできなかった(しかし、明らかに秘められていた)鈴木先生の気持ち悪さとある種の無神経さにスポットが当たりすぎるほど当てられ、とんでもない問題作であり大傑作となったドラマ版『鈴木先生』。そのエンディングに尾崎豊の「僕が僕であるために」(馬場俊英がカバー)を使うという、制作陣の意地の悪さ(笑)。

鈴木先生 完全版 DVD-BOX

鈴木先生 完全版 DVD-BOX

あずまんが大王』(2002年/テレビ東京
 テレビアニメ版のOranges & LemonsによるOP曲「空耳ケーキ」とED曲「Raspberry heaven」は、奇跡のような名曲。テレビアニメの主題歌としても異質で、後にも先にも似た例は、あまり見当たらない。栗コーダーポップスオーケストラによる劇伴も見事。内容そのままな歌詞にすればいいわけとちゃうねん。

銀魂』(2006年〜2010年、2011年〜2013年/テレビ東京
 他はともかく、とにかくDOESですね。「DOESは『銀魂』というゲームを攻略した」という評がありましたが、正に。

劇場版 銀魂 新訳紅桜篇【通常版】 [DVD]

劇場版 銀魂 新訳紅桜篇【通常版】 [DVD]

リストランテ・パラディーゾ』(2009年/フジテレビ)
 原作ファンは何人も会ったのだが、アニメ版の方は、あまり観た人がいないようで残念。エンディングのコミネリサ「ステキな果実」がホントにステキ。テディベアがひかえめに踊る映像も含めて。

リストランテ・パラディーゾ 1 [初回限定版] [DVD]

リストランテ・パラディーゾ 1 [初回限定版] [DVD]

四畳半神話大系』(2010年/フジテレビ)
 男汁の染み込んだ腐りかけの四畳半部屋にコーヒーとカステラと魚肉ハンバーグを混ぜ込んで作り上げられた(?)原作が『マインド・ゲーム』の湯浅政明監督によって、どのような変貌を遂げるかと思っていたら、実に天晴。OPはアジカン、EDはやくしまるえつこ(最終回のみ逆転)という布陣も天晴。



 最後に、何度だって繰り返し主張したい。

 清水マリコ作品をアニメ化する際は、音楽は竹村延和polaか空色絵本で!

 特にこの作品ね。どうか、空色絵本の「しらない夢」(収録アルバムは残念ながら、どれも販売終了のよう)をエンドクレジットに……。

Songbook

Songbook

pola meets lyrica

pola meets lyrica

とじた箱庭

とじた箱庭


 

 あと、真子先生のご友人でもある春日秋人先生の『絶対服従カノジョ。』をアニメ化する際は、マナ役の声優さんにすかんちの「恋のマジックポーション」をカバーしてほしい。

絶対服従カノジョ。  1.いいか、魔眼はつかうなよ? (富士見ファンタジア文庫)

絶対服従カノジョ。 1.いいか、魔眼はつかうなよ? (富士見ファンタジア文庫)



聲の形』に関することをメインにしたエントリの目次ページ。
 http://d.hatena.ne.jp/uryuu1969/20150208/1423380709