前回の「-聲の形-完結記念展 大今良時原画展」に関する記事をこっそり「完結した今、改めて『聲の形』を読み直して感じたり、考えたりしたことを綴ろう」の回の第一回にしてしまおうと思う。原画展の感想を見るのも悔しくて悲しくなる為(行けない理由は、前回の記事を参照)、ツイッターも一時退避中。ゆえに、原画展の話で盛り上がっている他のファンの方々に記事を更新していることがバレる可能性も低いはずで、ちょうど良いと思う。私が表舞台に立つと、他の皆さんが不幸になる。
というわけで、今日は、その第二回。どんな話かと言うと『聲の形』における、「犬と猫」の話。鳩やヌートリアではなく、犬と猫(一応、ネタバレ注意)。
「結論から述べるなら、犬丸が演じてみせたのは常に敗者であり、敗者であればこそゴトの成就によって勝者となってはならない――この一点に犬丸という特異な立喰師の全てが集約されているのであり、そしてこのアイロニーを自己実現することこそ犬丸のゴトの実相に他ならなかった」
(押井守『立喰師列伝 第三夜「東京オリンピックの悪夢」哭きの犬丸』112ページ)
犬と猫のイメージには、一般的と言って良い程のものかは分からないが、ある程度の賛同は得られそうな対称的なイメージがある。犬は従属的で、良く言えば人間の良き相棒的な存在。それでいて、野良にはどうしようもない「敗者」のイメージが付きまとう。先に引用した押井守の『立喰師列伝』において「哭きの犬丸」が「犬」でなければならなかったのも、そういうイメージの問題があるのだろう。
対して猫は勝手気ままで、決して人間に従属することのない、意志の疎通すら図れない存在。野良であっても、とりわけ努力もなく恩恵を享受しているかのようなイメージ。ラブコメディにおける「女の子」のイメージは、大抵猫的である。『うる星やつら』のラムちゃんが、しょっちゅう猫的な描かれ方(妖怪の猫又に扮したこともある)をしていたのも、そんな一例じゃないかと思う。
『聲の形』において、猫耳をつけて登場した植野のイメージは、まさに上記のような猫のイメージそのものだった。逆に、佐原に会う為に将也の後をついていく硝子(初デートと言って良いかもしれない)の姿は、硝子ファンの贔屓目もあるだろうが、愛くるしい子犬のようだった。勝者と敗者というのは、その後の展開や作品のテーマ的にも少々語弊が生じるが、しかし「強者と弱者」に言い換えれば、当初、『聲の形』の二大ヒロインとも言える硝子と植野は、そういった意味でも「犬と猫」だったように思う。
だが、かなり印象的なシーンでもあるので、それほどファンでなくとも、『聲の形』を一読した人なら思い出すだろうが、将也は猫カフェで植野(植野本人だと将也は気づいていなかったが)の語る猫の魅力を聞いて硝子のことを思い浮かべている。
「言葉が通じないから考えさせてくれるというか/想像の余地を与えてくれるのがとても…いいですね」(3巻93ページ)
このシーンは、将也が無自覚ながらも、硝子に対して恋愛感情を持ち始めていることを読者に感じさせるシーンでもあるのだが、その後の展開から考えると、これはそんな甘くて幸せな未来を予期させるものではなく、すぐ後に続く植野の言葉――永束の「しっぽ等で猫の感情は読み取れますが?」という言葉に対する「でも その情報もどこまで信用できるかわかりませんよ? 甘えてみせながら本当は私達のことバカな人間めーって思ってるかもしれませんしー」という言葉――に近い結果を招くことになった。
「お前のこえ 聞いてるつもりだったけど/本当に つもりなだけだった/当たり前だよな 話してくれることが全部だなんてありえないのに/それがその人の全てなんだって思い込んで/わかってたんだ そんなこと/なのに お前のわからない所を自分で都合よく解釈してさ/…それが 俺だ/そんな俺が招いたのが 君を…」(7巻28〜29ページ)
幸せな未来を予感させてくれる最終回を迎えた今だからこそ冷静になって読み直せることだが、将也が硝子に対して「猫」のイメージを持ったことは、すなわち将也と硝子のディスコミュニケーション性を象徴するものとして回収されたわけだ(余談だが、先述の猫カフェでの会話のシーンの後、永束が将也からマスクを奪ったコマで、しっかりその様子を背後で見ている植野の姿が描かれている。ついでだが、将也が硝子に対して猫のイメージを持ったことが、二人のディスコミュニケーション性の象徴であることを読者の脳内で繋がりにくくさせる為なのか、植野の「甘えてみせながら〜」という言葉は、先に永束のラブレター事件の象徴として回収されている)。
だが、それが正しい認識だったかどうかはともかく、植野視点だと、他ならぬ硝子が「猫」的だったことも分かる。
「西宮さんも実は同じこと思ってたりして/あの子 愛想笑い得意だし」(3巻154ページ)
「見破ったよ 西宮/本当のあんたはショーガイを武器にして 周りに「性格のいい私」を演出してるハラグロ」(6巻137ページ)
硝子の自殺回あたりからネット等の場で特に目立つようになった「硝子は甘えている」といった意見と、作中の植野が硝子に抱いた「ハラグロ(=猫的なイメージ)」を併せて考えてみると、『聲の形』という作品に対する否定的意見の根拠(だと批判する人が思っているであろうもの)にも繋がっていきそうだ。それは、せっかく先に引用したので、『立喰師列伝』になぞらえて言えば、『聲の形』という作品そのものが否定的意見を抱いた人にとって、そして植野にとって硝子の存在が、「哭きの犬丸」のゴト=哭き落とし(悪業)に映っていたということなのだろう。また、前述の通り、「子犬のような硝子」はとても愛らしいのだが、それは同時に「健常者(強者)に従属する障害者(弱者)」といったような、いわばレイプファンタジー的な側面を匂わせる描写でもあり、どこまで計算されたものかは分からないが、ちょっとゾッとさせる面もある(終盤の将也と硝子の関係性を考えれば、レイプファンタジー的な物語にしようとしていたわけではないことは明白だと思うが)。
「常に、離船して郷里に帰る能はずとか、又は、親族を頼りて遠方より来たるに大火の跡にて行方を知らずとか、ありそうなる不幸話をして人の恵与を搾取する――いわゆるアガリとは「セブリ」「ジリョウジ」「ブリウチ」に並ぶ山窩の四形態のひとつであり、「セブリ」が漂流民であるサンカの主な生業である箕作りなどの竹細工を指す一方で、「ジリョウジ」「ブリウチ」は神仏の霊験に仮託して搾取を為すものであり、アガリ同様の「悪業」であるとされている」
(押井守『立喰師列伝 第三夜「東京オリンピックの悪夢」哭きの犬丸』102ページ)
作品そのものに対して不満を持つ人は、硝子の「ハラグロ」な面が基本的に植野の思い込みであったこと等を理由に、結局「かわいそうな障害者を用いた“哭き落とし”に過ぎなかったのでは」といった意見になりがちで、逆に作品そのものはともかく、硝子というキャラクターに対してちょっと過剰な非難をしているように思えてしまう人の目には、おそらく、先述の通り作中の硝子の振る舞いが「哭き落とし」に映っている。この辺りの話は、もっと考えていけば「『聲の形』のメインキャラクターたちは、“結局、みんないい人”だったと言えるのか」という問題にも繋がっていく。特に作品そのものの批判派は、この点を大きな理由に挙げていることがある。だが、私はメインキャラクターたちが「結局、みんないい人だった」とは思わないし、かと言って、硝子に冷たい人たち(ひょっとしたら植野ファンな人達?)が言うような意味で硝子が「ハラグロ」だったとも思わない。その理由に関しては、また別の機会に。

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P.S. 映画版『立喰師列伝』には、なぜか冲方丁先生が出演しているので、『聲の形』と繋がっていると言えなくもない(この映画には、他にも佐藤友哉先生、滝本竜彦先生、乙一先生らも出演している。ただし、いずれも演技らしい演技はしていない)。
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