ユビイカ!

 私という人間に多少の興味を持っている方なら御存知のことだとは思いますが、私は高校野球というものを激しく憎悪しておりまして(プロ野球も嫌いですが、高校野球よりはマシ。大リーグは、割と好き)、汗と泥にまみれた坊主頭たちや、彼らを心から応援しているらしい取り巻きだとか、同郷の坊主頭たちが投げたり打ったり走ったりしている姿を周りの迷惑も考えずに家電売り場のテレビ前でわさわさと固まって見入っていたり、「そこでは、お静かに」が基本の図書館で大声を出して観戦しているような輩が目に入ると、400機の爆撃機が奴らの頭上に500キロ爆弾、ガス爆弾、雨あられと舞い落としてくれないものかと凶悪な願望を抱き、奴らを映す私の眼は名曲「C.M.C.」を絶唱している時の大江慎也氏のように血走りはじめるわけです。

 そして、そんな高校野球に対する負の感情は、フィクションにおいてもいかんなく発揮され、基本的に『幕張』のように野球の話が出てこないようなものでなければ、気持ちよく楽しむことができないのですが、ところがどっこい「ユビイカ!」(誤字ではなく、意図的なものです。理由は後で)、大好きな漫画家・衿沢世衣子先生の『うちのクラスの女子がヤバい』(月刊「少年マガジンエッジ」で連載中)の第5話「ミクニさんとおにぎり」(単行本第1巻収録)に登場する野球部のみなさんときたら、こんな私に一切の負の感情を抱かせることがなかったどころか、みんな何だか愛しい人に思えてしまったのであります(そういえば『みんな誰かの愛しい人』という映画がありました。残念ながら、私には楽しめない映画でした)。私という人間に詳しい方なら、それだけでこの作品が、どれだけ素晴らしい作品か理解して頂けることでしょう(しかし、悲しいことに、「私に詳しい人」や「私に興味を持っている人」というものは、多くの専門家の間で、その存在が否定されつつあるようです)。

 さて、専門家の間では存在が否定されつつある「私に詳しい人」であれば、既に『うちのクラスの女子がヤバい』というマンガが傑作であることは、分かって頂けたと思いますが、しかし、否定されつつある存在に分かっていただけたところで、あまり意味がないので、とりあえずどんな作品なのか説明するために、単行本第1巻の裏表紙の文面を引用しますと、

「1年1組は普通のクラス。ただし…女子が全員超能力者で、しかも「無用力」と呼ばれるその能力は思春期しか使えず、おまけに何の役にも立たないもので…!? 思春期限定☆ゆるくて不思議なハイスクールデイズ!」

 ということになります。専門家が匙を投げるほどに、詳しい人や興味を持っている人が存在していないらしい私なんかが余計なことをあれこれ書き散らかすよりも、こうして、ただ裏表紙の宣伝文句を引用しておいたほうが効果的でありましょう。それでも多少述べますと、先程「ユリイカ!」ではなく、「ユビイカ!」と叫んだのは、第2話「扇花と指先」に関係しております。これからの人生、私は何か嬉しい発見をした時は「ユビイカ!」と心の中で叫びます。実際に声に出して叫ぶと、ただでさえ存在が否定されつつある「私に詳しい人/興味を持っている人」が更に減ってしまいそうなので、あくまで心の中だけで叫びます。

 ちなみに、第2話と第5話について触れましたが、第1巻収録の回の中では、第4話「鱈橋くんの師走と新年」が、傑作どころか名作と呼んでもいいのではないかと思うほどの内容で、なんというか、この話に感動できる人が増えれば、私みたいな人間がもっと生き易くなるのではないかとも思い、もし経済的な余裕があれば、私が責任を持って、全国の小学生から高校生までにお配りしたいとさえ考えています。まあ、それだけの経済的余裕があれば、その時点で、今より生き易い人生でしょうけれど。

 詳しいことは書きませんが、第4話には「無用力あったら女子じゃん…!」という台詞があります。私は「無用力あったら女子か。女子になりたいなあ。あたしにも無用力ないかな」とか考えて、じっと自分の手を見つめていたら、どこからともなく、しかしハッキリとした誰かの声で「お前は存在が無用なだけよ」と聞こえてきたのですが、これは無用力ですか? それとも、被害妄想が生み出した幻聴ですか? はたまた、被害妄想なんかではなく、実際に私の存在が無用なだけですか? 30歳を目前にして、いまだに思春期状態の人間は、やはり無用でしょうか? 私のような者こそ500キロ爆弾、ガス爆弾で哀れ一巻の終わりになったほうがいいのでしょうか?

 と、まあ、大変めんどうくさい性格の持ち主ではありますが、衿沢先生の作品を読んでいる間、そして読んでからしばらくの間は、気持ちよく生きることができます。気持ちよく生き続けたいので、ちょっと前にやらかしてしまった失敗を繰り返さないよう、あまり同じ作品のファンの方々の動向を気にしたり、考察や感想をだらだらと書き散らかしたりはせず、このままの姿勢で楽しませていただこうと思っています。


 追記:衿沢先生の描く「不機嫌そうな顔の女の子」が特に大好きです。

GOOD DREAMS(紙)

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幕張 1 (highstone comic)

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