紫煙を支援はしないが私怨もない

 神奈川で一人暮らしをしていた頃、用があって私の部屋にやって来た映画学校の同期生から「タバコを吸っていいか」と聞かれたことがある。私は非喫煙者だが、さほどタバコの煙は苦ではない。もちろん、身体に良いものではないから、好んで煙に巻かれたいわけではない(マゾヒストの気が若干見え隠れするので、女王様からタバコの煙を吹きかけられて興奮してしまう可能性は否定できないが、それはまた別の話である)。髪や服に匂いがつくのも好ましくないが、居酒屋などと比べ、自分の部屋であれば、好きなタイミングで窓を開けたりもできるし、いざとなればすぐに着がえたりシャワーを浴びたりもできるので、よほど嫌いな相手でない限り、断る必要もない。そもそも、そこまで嫌いな相手なら、部屋に上げない。

 しかし、非喫煙者である私の部屋には、灰皿というものが備わっていなかった。同期生も携帯灰皿を持っていなかった。そこで私は、冷蔵庫に常備してあったアロエの缶詰を開けた。たっぷり常備してあるものだったし、1個100円程度のものなので、懐事情的にもさほど苦しいものではない。むしろ、客人に対して、それまで何もふるまっていなかったのだから、当然の出費と言っても良かったのかもしれない。また、相手が「申し訳ないから缶詰代を出す」と言ってきても、100円のものなので、断るにせよ有難く受け取るにせよ、どちらかが特別痛い思いをするわけでもない。そんなわけで、私はアロエ缶を開け、中身を食し(別の皿に移したような気もするし、同期生が喫煙前に、そのまま全部食べていた気もする。ちょっと記憶が定かではない)空き缶を灰皿の代用品とした。一件落着である。

 一件落着といかなかったのは、別の同期生が来た時のことだ。そいつは、自分が飲もうとしていた缶酒(品種は忘れた。興味もない)を私の部屋の冷蔵庫に置き忘れていったのだが、それ以降やって来ることはなかった(元々、さほど良好な関係でもなく、学校のカリキュラムの関係で、そいつを含めた数名の班員が私の部屋に集まっていただけに過ぎない)。

 何度も言っている通り、私はタバコよりも酒が嫌いだ。「酒でも飲んで考えましょう」とか「いい酒が飲めそうです」なんて言葉を聞いた途端、そいつと関わる気が消え失せてしまう。

 いつまでも忌まわしい酒を自分の冷蔵庫に置いておくのは、精神衛生上良くないことなので、なんとか処分しなければならない。しかし、私は酒の匂いも嫌いで、自分の部屋の水場に流すことは避けたかった。仕方なく、最寄の公園の便所で酒造メーカーには申し訳ないと思いつつ中身を捨て、そこの手洗い場で軽く缶をゆすぎ、さらに自宅に戻って洗剤を駆使して缶を洗浄し、不燃ごみの日を待つことになった。

 いまだに私は、タバコに関しては、好きではないものの、個人的に特別な嫌悪感を抱くような目に遭っていない。しかし、酒に関しては、数えきれないほど、そういった経験があるのだ。今回の話は、その中では、まだまだ「ちょっと腹立たしい」程度のことである。