床のない古本屋がここにある

 その古本屋には床がない。床が見えないほど本で溢れているというわけではない。本はたしかに豊富にあるが、基本的にはすべて棚に収められている。それに、床は見えないのではなく、実際にないのである。かといって、棚以外の場所が奈落の底というわけではない。この古本屋は壁と屋根はあるが、床は地面が剥き出しなのである。壁と屋根も傍から見れば、田舎の廃屋と変わらない。実際、この古本屋は田舎のかつては町と呼ばれていたこともある寂れた集落にある。棚と棚の間は狭く、たしかにこれ以上本が増えれば本は棚から溢れだすことだろうが、床がないので棚以外の場所に本を置くことはないだろう。おそらく、ここの本は増えることはないのだ。実際、私以外の客を見たことがない。

 地面の土は固い。しかし、どことなく湿り気のある土だ。それゆえか、店内は大地の養分を吸い取った古本が吐く息の独特の匂いが立ちこめる。不思議なことに、本が湿気で過剰に痛む様子はない。古本らしい、ある程度の傷みのまま、何年も棚に収まり続けている。

 長年、踏み固められた土は、雑草さえ寄せ付けないらしく、蟻や団子虫が入り込むこともない。下を向いて歩いても、目につくのはせいぜい、誰かの靴の裏に張り付いてやってきた枯れ草の欠片くらいだ。誰かと言っても、おそらく私なのだろうが。

 店の奥に半ば本と同化している店主がいる。本と同じく、堅い土から養分を得ているのか、何十年も前から老人のままの姿でいる。話したことはない。本を買ったことすらない。たまに適当な本を取り出して、その場で数ページ眺めてみるだけだ。私は何も買わずとも、この古本屋がなくならないことを知っているし、店主も何も言わない。話したことがないのだから当然だ。私はこの古本屋の雰囲気を味わいたいためだけにここに来る。行こうと思っても気ままに生ける場所ではない。なので、足を運んだ時は目覚めてもずっと覚えている。