『この西瓜ころがし野郎』(3)

 西瓜ころがしの老人が鐘爺という綽名で呼ばれるようになった頃、すでに鐘爺のことを知る者は少なくなっており、結果として西瓜ころがしの老人は鐘爺の悪名を再燃させる役割を果たしたわけで、その一点のみにおいて西瓜ころがしの老人にも価値があったといえないこともなく、鐘爺に比べれば西瓜ころがしはまだかわいいものだったとする者さえ現れ、せっかく頑張って鐘爺を記憶の彼方へ追いやったのに西瓜ころがしの奴のせいで思い出してしまったわ、と憤る者も当然いて、余計な比較を口にした落ち紅拾いの評判が少し下がったものの、それもこれも西瓜ころがしの老人に始まったことだとする意見がまあまあ強かったことで、私と和尚に続く者の数もさらに増えてしまい、さすがに蹴り落とす西瓜の数が足りなくなるのではないかと思ったが、足りないのなら先に割って数を増やせば良いと和尚が言うので安心し、靴や足が汚れるのを嫌う者のために空山のふもとの番台付き雑貨屋でなにか足や靴を覆うものでも買っておこうと決め、自然と足が雑貨屋の方角へ向いたのだが、めざとくカケイのおやじが「ひょっとして雑貨屋へ寄るのか」と言ってきたので「靴や足が汚れるのが嫌だろう」と答えると、カケイのおやじは「あの店は好かん、いや、番台の女が好かん」と渋りはじめ、なら外で待っているなりに好きにしていれば良いと言ったのだが、「俺の靴を覆うものは俺が決めたい、だから我慢する」とのこと、いったい番台の女の何が好かないのかは店に行くのも初めては私と和尚にはわからぬことだったが、他に覆うものを買える店などありはせず、都合よく覆うものが落ちていたりすることもない、覆うものを持った盗んでも構わぬ者が通りかかるなんてことは更にあり得ない、なによりおやじがここまで嫌う番台女とはどんな奴なのかと興味も湧いたので、おやじ以外の者の足はどんどん速くなっていくのだった。