『この西瓜ころがし野郎』(9)

 速めた足がぷるぷると震えはじめる者もいるにはいたが、皆それぞれ西瓜ころがしに対しては足の震えのことなどお構いなしに振る舞えるくらいの憤りは持っていたので、川魚の急坂から西瓜ころがしの西瓜を蹴落とすのは、私や和尚が思っていた以上に盛況で、噂をききつけた土地の者も次から次へとやって来て思う存分に西瓜を蹴落とし、なかには足の震えどころか靴も服も汚れるのもお構いなしな者まで現れ、カケイのおやじの娘など喜び勇んで西瓜を運びこむ始末で、かごめの大将のねんごろもちも例年にないほど売れに売れることであろうと和尚も満足げ、イソセ側の渡し守は「西瓜ころがしの奴もついに人を幸せにすることができたってものだ」と大笑い、番台の女まで来てしまってはえらいことであったが、ようやく女のもとから逃げて来れたらしい少女が見かけによらず大胆な蹴落としを見せたことでサトリの妻もきゃっきゃとはしゃぎ、気のせいか泡立ち苔までが元気にぼわぼわしはじめたので、靴や足の汚れも自然ときれいに洗い流され、飲めや歌えの大騒ぎ、飲むものも歌える者もなかったが、細かいことは良いのだと和尚も仰るものだから、私なんぞも西瓜の皮に水を流しこんで酔った気になり、カケイのおやじもでたらめな歌を披露して泡立ち苔をいっそう泡立たせ、誰も西瓜ころがしが坂の下で一杯ひっかけていることに気づきもせず、サトリの妻が少女の見事な蹴りっぷりを見よう見まねで自分の蹴りに落とし込んでみたところ、この日一番の西瓜の蹴落とされぶりで歓声が起き、もはや西瓜が飛ぶ生きものであったかのような動きを見せたところで、ようやく騒ぎに気づいた西瓜ころがしが腰をあげたものだから、サトリの妻の蹴落とした西瓜は西瓜ころがしの中身の乏しい頭にぽこんと当たり、そのままぼわんぼわんと跳ねたと思いきゃ本当に空飛ぶ生きものになってしまい、和尚の目でさえ追えぬほどの速さでどこか遠くへ飛んで行ってしまったのだから、今度からはしょうがないので西瓜の行方を追うことにしよう。