「死体洗いのアルバイトの話」そして「テレビ番組でゴキブリを生きたまま飲み込んで死んだ男の話」というのは有名な都市伝説であり、有名であるがゆえに、そのどちらともがデマであることまで理解している人も少なくないだろう。私が上記の都市伝説を初めて知ったのは、書籍とテレビだった。都市伝説らしく友人から聞いたわけではないところに、私の交友能力の低さを指摘することも可能だが、それは今回の本題ではないので、そっとしておいてほしい。
さて、この2つの都市伝説、初めてでもなければ友人というわけでもないが、一応私も人づてに聞かされたことはあって、それは高校時代の教師による授業中の雑談だった。
死体洗いの話を語ったのは、担任でもあった国語教師で、「私の知人の先輩が経験した」という都市伝説らしい語り口で「体にホルマリンの匂いが染み込んで大変なんだ」という、これもまたよくある挿話を交えつつであった。国語教師なのだから、この都市伝説が大きく広まるきっかけになったであろう大江健三郎の『死者の奢り』について触れて然るべきだと思うのだが、一切そこには触れなかった。
ゴキブリの話をしたのは、世界史担当の教師で、初耳であったらしい隣の席の女子が随分と怯えた様子を見せていたのを覚えている。割と雑談に逸れることの多かった国語教師に比べ、当時の他の教師と比較しても授業熱心なほうで、時折、教科書の記述に対して「これは書き方が悪い。なんで、こんなわかりにくい書き方をするんだろう」などと文句を言っている姿が印象的だった世界史担当教師が、なぜゴキブリの都市伝説なんかを語り出したのか、そこに至る経緯は残念ながら思い出すことができない。世界史に関しては、かねてから興味があって、それゆえに授業で新しく知ることがほとんどなく、この教師が都市伝説を語りだそうとしていた時、私がなにか違うことをぼんやりと考えていた可能性もある。今から思えば、たとえ既に自主的に学習している内容であったとしても、授業はしっかり聞いておいたほうが良かった。
上記の通り、ゴキブリの話に関しては、私の隣の席の女子は初耳だったようだが、どちらの都市伝説も、今ほどインターネットが普及していなかったとはいえ、当時から有名な話ではあったはずだ。教師が学生の興味を惹けそうだと判断した話題が、このような手垢まみれの都市伝説だったというのも、なんだかやるせないことである。特に死体洗いの話など、その信憑性の薄さには辿り着き易そうなものだと思うのだが、どうにもあの担任を信頼できなかったのは、このことがきっかけだったような気もする。
「信じるか信じないかはあなた次第です」。都市伝説芸人・関暁夫の決め台詞であるが、信じないのは話そのものよりも語り手自体である、という場合も多々あるだろう。
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