隣の畑に青い影

 父が三十代になろうかという頃までは、我が家も専業ではないものの副業としての農業を営んでいたのだが、私が生まれた頃には既に農地を手放して久しく、家の周りはほぼ畑で囲まれてはいるものの、それはすべて近所の農家の方々の畑であり、少なくとも私のような自分の家が農業を営んでいたことを見てすらいない者にとっては、ただのよその家の土地であり、作物の生育などを気にする必要はまるでなかった(だんだんと、単純な興味として気にするようにはなったけれども)。

 しかし、幼い頃から、近くの畑に見知らぬ人物がいるという状態は非常に気になるもので、農場主ならば基本的に顔見知りのご近所さんたちなので、遠目の雰囲気でもなんとなく察することはできるが、稀に「でめんさん」や農協関係の人だけが畑にいたりすると、正体がわかるまで観察してしまったりする。先日も、明らかに農作業とは思えない人影を目にし、それがボールを探す少年たち(キャッチボールかなにかをしていたらしい)であるとわかるまで、張り込みのように部屋からこっそりと双眼鏡で見張ってしまっていた。傍から見れば、私のほうが不審者らしい行動である。

 もちろん、畑は我が家のものではないので、作物が盗まれようと、畑が荒らされようと、私に直接的な被害はないのだけれど、招かれざる存在が自分の家の近くでうごめいているかもしれない、というのは気分の良いものではない。おめえさんのほうがよっぽど不審だと言われようと、見知らぬ人影を見つければ、私は息をひそめて様子を窺い続けるだろう。

 今のところ、近隣の畑が不審者によって荒らされたことはないのだが、観光客なんかが畑に無断で侵入するといった問題も耳にするし、悪気がないにしても、そんな無神経な人間が近くの畑でうろついていたなら、いろいろと不安でしかたない。観光地と呼べる場所からは外れた場所なので、無神経な観光客をおそれる必要性も低いだろうが、世の中にはあえて辺境の農地を眺めに来るような者もいるので油断はならない。

 我が家の庭にもたびたび訪れるカラスや猛禽類をどうにか手懐けて、不審人物の取り締まりに協力してもらえないだろうか、なんてことも考えたりしている(もっとも、人間よりも熊なんかが麦やトウモロコシに隠れているほうが怖いのだけれど)。