桜を赤く染める季節

 例年通り、鼻血の出やすい時期になった。花粉やら砂埃やら黄砂やらで鼻の粘膜が傷つきやすくなるからだろう。起床→歯磨き→洗顔→鼻血→止血→朝食→食休み→歯磨き→シャワー→鼻血→止血……というように、朝の身支度の間に2度も出血することもあり、止血の時間をあらかじめ確保しておくために少し早めに起床したり、行動を急いだりせねばならず、無用なストレスを生じさせてしまう季節でもある。春なんざ、まったく良いものではない。

 幼少期より鼻の粘膜が弱かったようで(弱いのは鼻の粘膜に限った話ではないが)、しょっちゅう鼻血が出た。ポケットティッシュの所持を忘れたことがないのは、忍び寄る鼻血の恐怖に苛まれ続けているからでもある。ティッシュを常備しておくなどという考えが脳の片隅にも存在していなかったであろう、ちびっこ時代の同級生たちから「淫らな妄想に耽っているからだ」的なからかいを受けること数知れず。このような連中は、義務教育の終盤どころか高校生へと成長しても、同じように「鼻血=淫らな妄想」という偏見に囚われたままの者が少なくなく、こいつらの脳のほうがよほど桃色に染まっている気がするのだが、桃色に染まった脳味噌であるがゆえに鼻血を出しただけの者を「淫らな妄想に耽った愚か者」と判断するらしく、そのたびに私の脳内は桃色ではなく真っ赤に染まった。私が耽った妄想は淫らなものではなく、そういった連中を鮮血に染める憎悪に満ちたものである。

 脳味噌が桃色に染まりきった連中には何を言っても無駄であり、「これは透明な軟体人間からおともだちパンチをくらっただけだ」などと弁明しようものなら、余計に馬鹿にされるだけである。それは、貴重な血液を鼻から流出させてしまって多少思考の鈍った状態の私でも理解できた。ゆえに、常にやり過ごしてきたわけだが、あの頃に積み重ねたストレスも、現在の私が精神面の不調によって長い静養生活を余儀なくされていることの遠因となっているはずなので、それなりの謝罪と賠償金を請求しても許されるのではないかと思うのだけれど、実際に請求すればまた馬鹿にされるだけであろうことは、精神面の不調が続く私にも理解できることなので泣き寝入りするほかあるまい。

 少なくとも、静養中の現在の私の周囲には、身支度の間に2度も鼻血を出そうと「淫らな妄想に耽った愚か者」と馬鹿にしてくる連中は存在しない。鼻血自体へのストレスは存在したままだが、あやつらに取り囲まれていた時代よりはましなのである。