桜の樹の下には伯父が切り落とした枝たちが埋まっている

 父とたいへん不仲だった伯父が素人の雑な剪定をしたために『ジョニーは戦場へ行った』並の悲惨な姿と化した我が家の庭の桜の木だが、その惨劇から30年以上経ち、年号も二つまたいでなお、伯父の魔の手を逃れ、こっそり生き延びた一本の枝にのみに花を咲かせ続けている。桜を瀕死の重傷に追い込んだ伯父は、令和という名称すら知ることなく平成の中頃にこの世を去り、父と同様、伯父とは犬猿の仲であったという近所のシンキチじいさん(仮名)は、健気に花を咲かせる桜を見て「最大の復讐は長生きすることだな」と言って笑った。

 ここ数日、やたらと風が強く、乾いた畑の土が吹き上げられて砂嵐のようになり、時にはつむじ風まで巻き起こるなか、シンキチじいさんは元気に自転車で一帯を散策しているようで、我が家の桜に負けず劣らず、しぶとく長生きすることだろう。生誕以来、健康だった時間が極端に少ない私などは、なんとかそのしぶとさにあやかりたいものだが、むしろ近づくと生気を吸い取られているのかもしれない。いずれにせよ、不健康のままでは、たとえ長生きしたところであまり嬉しくはないし、苦しめば苦しむほど憎むべき輩を喜ばせることにもなるわけで、そろそろ何らかの幸運を引き寄せたいところである。方法はさっぱりわからんが。

 そういえば、地元の小学校へ続く道の脇には、シンキチじいさんが植えた桜の木もあったのだった。忘れていたのは、花を咲かす前に力尽きてしまい、現在は切り株すら残されていないからである(折れてしまう前に、綺麗さっぱり取り除かれてしまった)。こちらは我が家の桜とは違い、シンキチじいさんが自然の流れに任せすぎたせいだと言われている。

ジョニーは戦場へ行った [DVD]

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