元気出して生きましょう、錠剤

 幼稚園の年中組の頃、処方されていた喘息の薬が粉薬から錠剤に替わった。担当医が「ラムネ(ラムネ菓子)をコクッと飲むような感じ」だと説明してくれたのを覚えている。

 当時の私は、どうにも幼稚園の空気に馴染めず、また馴染みたいとすらも思えず、大半の時間を幼児なりの思索に耽ることに費やしていたのだが、普段はそんな私を気にも留めない周りの連中が、どういうわけか月に1度の通院を終えた翌日にのみ病院での出来事を根掘り葉掘り訊いてきた。おそらく、連中の記憶の中での幼稚園児時代の私は病院の話をしている姿しか残っていないだろう。質問を無視するほど人格が破綻していたわけではなかったので、訊かれたことに対しては素直に答えており、流れで「ラムネをコクッと飲む」という担当医の説明も話した。

 本当にラムネをコクッと飲んで喉に詰まらせ(大きめのラムネ菓子だったことが悲劇を招いた)、危うく病院を通り越して葬儀屋のお世話になりかけていた奴がいたことを知ったのは、ずいぶん後になってからのことだった。正直に「ラムネをコクッと飲んでみたかった」と話したら親にびっくりするほど怒られるかもしれないと考えたらしく、事故はあくまで本人のちょっとした不注意によって引き起こされたものとして処理されていたらしいが、場合によっては「発端を作ったのはあんたの息子だ」とかなんとかで深刻ないざこざが親同士の間で発生していたかもしれない。間抜けなF君なりの危機察知能力が私と私の親を無用な争いから救ってくれていたわけだが、できればその能力はラムネを飲もうとする段階で発揮しておいてほしかった。

 私と私の担当医とラムネ菓子のせいで死にかけたF君だが、幸いなことに現在は元気に畑作農業に励んでいるようだ。農作業中に彼の中に封印された好奇心の悪魔が目を覚ましたりしないことを願う。