「爆破に惹かれるのは遺伝子の奥底にビッグバンの記憶が眠ってるのかもね」

 色々あって、もう15年近くも親と顔をあわせていないという腐れ縁の某女史(実際に比較的社会的地位が高いとされる職に就いておられるので「女史」という言葉を使わせてもらう)であるが、彼女が高校を卒業するまで暮らした家の住所はすでに更地になっており、何らかの理由で彼女が親を訪ねることがあっても、生まれ育った家・住所だけを「実家」と呼ぶのだとすれば、どう頑張っても彼女はもう実家に帰ることはない。更地になったことさえ私がメールで伝えて初めて知ったくらいなので、生まれ育った家が跡形もなくなっていても「いっそ、そのほうがスッキリした」と語っていた。

 深刻なレベルの問題があったわけではないらしいが、どうにも両親とは「反りが合わなかった」(彼女曰く、この言葉がいちばんしっくりくるという)ようで、生まれ育った家への愛着が薄くなるのも必然なのだろうが、もう少し周囲の景色に変化がなかったのであれば多少の郷愁を感じることもできたかもしれないと言っていた。たしかに、彼女の家があった地域は、彼女の家が更地になる前から近くの飲食店が潰れたり、逆に新たな店ができていたり、割と変化のめまぐるしい場所だった。周囲を畑に囲まれているせいもあって、物心ついて以来、ほとんど景色の変わっていない私の実家近辺とは大違いである。ただでさえ愛着のわきにくい環境のうえに、さほど良い印象すら持てなかったとあれば、更地になろうがどうしようが特に感じるものがないのも無理はなかろう。

 余談だが、私たちがかつて通っていた高校に関しては、お互い「可能なら爆弾を仕掛けて木端微塵に吹き飛ばしたい」ということで意見が一致している。