主役であるとも知らずに

 幼稚園の学芸会で披露する劇の役を決める際、「じゃんけんで決めていきましょう」と言われ、とりあえず全員でじゃんけんをさせられ、最初に勝った3人が希望も訊かれずに主役になった。その3人のうちの一人が私である。内容も聞かされないまま「狼の役」だと告げられ、まだひらがなも読めない者もいるせいか台本というものは渡されず、先生が口頭で台詞を教えながら演出していくのだが、練習がはじまってようやく自分が主役をやらされていることを察した。せめてタイトルくらいは先に教えておいてほしかった(タイトルには「おおかみ」の文字が入っていた。これで狼が主役だと気付けないのなら、幼児といえども勘が悪すぎる)。

 練習が始まってしまっては、もう今更出演拒否するのもおそらく面倒な事になるのだろうなと幼児とはいえなんとなく想像もつき、仕方なくほどほどにやり過ごしていこうと決めたものの、ほとんど強引にまつりあげられただけのはずなのに、やたらと責任重大であるようなことを吹きこまれはじめ、そのうち先生のみならず、わかりもしねえくせに他のちびっ子たち(当時の私もちびっ子だが)までもが妙な圧力をかけてきやがり、内心「全員くたばれ」と思いながら、狼としてしばらく生きることを余儀なくされた。なぜ、同じ台詞を3人揃って言わなければならぬのか(子供の劇にありがちなアレ)など、色々疑問も浮かびはしたが、いちいち質問なんかすれば、それだけ狼でいなければならない時間も増えてしまうので黙っていた。別に酷い叱られ方をしたわけでもないのだが、思い返すたびに殺意が湧いてくる記憶である。

 ひょっとしたら、私が「みんなで一緒に何かをおこなう」というのが苦手となったきっかけは、この経験なのかもしれない。『欽ちゃんの仮装大賞』なんかを見ていても、どこぞの小学校等の「クラス一丸となった系演目」には感動どころか「何人くらい無理矢理やらされている子がいるんだろうなあ」と冷めた気分にしかならないのも、おそらく主役であるとも知らずに演じさせられた狼が発端だろう。みんなで頑張りました的な演目よりも、私は明らかに好きでやっているであろう会社員一名のくだらない演目のほうを評価する。「ああなりたい」とは思わないにしても。

ANOTHER MOOD-脇役であるとも知らずに

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