『空にかたつむりを見たかい?』 第6回

「塔子さんは、一度も見たことないんですか?」

「なにを?」

「ここの盛り上がってた時期の運動会です」

「あたしは知悦部小の子たちが進む中学校の出身ってだけで、知悦部小の子じゃないからね。そもそも小学校までは、札幌にいたし」

「中学になってから、知悦部の同級生とかと一緒に見に来たりってことも?」

「ないない。行った奴もいたらしいけどね。洋ちゃんは確か一回見たらしいけど、あたしはない。運動会って好きじゃないし、YOSAKOIソーランにいたっては嫌いだし」

 そうなのだ。知悦部小学校における嫌な伝統の一つが、YOSAKOIソーランだ。ブームになり始めのころに、ある先生がこの知悦部小学校でも児童にやらせはじめ、いまだにしぶとく続いている。当然、僕もやらされた。運動会だけでなく、学習発表会や、時には町内外の祭りや老人ホームへの慰問といった形で披露させられている。児童の側から「やりたい」と申し出たことは、僕の知る限り一度もない。

 もしも、YOSAKOIソーランのおかげで、児童に利益がもたらされているとすれば、たぶん組体操をやらされずに済んでいるということくらいだろう。最近は、組体操の危険性に対する批判の声が目立ちはじめているようで、僕もそれには大いに同意する。だが、YOSAKOIソーランでも、演技の最後の決めポーズとして、組体操とあまり変わらない形をとらされることが多々あるので、組体操よりも危険な時間が短いというだけでしかない。踊り疲れた流れで、そんなポーズをとらなければならないということを考えると、ひょっとしたら組体操よりも危険かもしれない。怪しげな女性と学校職員が同棲していることを批判するよりも、YOSAKOIソーランの危険性を指摘してほしい。そもそも、好きでYOSAKOIソーランをやっている人たちが、そんな危険なポーズを決めているのはあまり見たことがない。

「YOSAKOIのシーンは意図的に抜いておいたら?」

「一回くらいは使っておかないと、なんだかんだ言う人が出てきそうです」

 『謎の湖底人シタカルト~』を気に入ってくれた楠本校長なら何も言わないかもしれないけれど、飯塚教頭やPTA副会長の堀田さんあたりは怪しい。

 気が進まないが、YOSAKOIソーランの写真を一枚抜き取ると、ちょうど土佐先生が帰ってきた。右手の紙袋には、なにやらビデオテープが数本入っている。

「おかえり、洋ちゃん」

 塔子さんにそう言われた土佐先生は、少し照れくさそうにニヤッとして、紙袋からビデオテープを取り出し、机の上に並べた。

 土佐先生の名前は洋太といい、塔子さんからは「洋ちゃん」と呼ばれている。どうやら、中学の頃からそう呼ばれているらしい。

「笠井さんが、昔の行事のビデオ貸してくれたよ。九十年代頃かな」

「じゃあ、小学生だった頃のあゆむんのお母さんとかダイちゃんのお母さんも映ってるんじゃない?」

「たぶん、映ってますね」

 母さんは、あまり昔の写真を残していないので、ちょっと興味が湧いてきた。ちなみに、僕の母さんとダイチの母さんは同級生で、二人とも知悦部小学校の卒業生だ。中学校は土佐先生や塔子さんとも同じなので、二人からすれば、数年上の先輩にあたる。

 土佐先生が借りてきたビデオのラベルを三人で調べて整理してみると、一九九一年から一九九八年までの運動会や学習発表会の様子を録画したものであることがわかった。中には、スケート記録会やキャンプの様子を収めたものもあるようだ。

「これなら、かっちゃんたちの小学校六年間がばっちり見れるね」

 塔子さんが、ちょっと意地悪な笑顔を見せながら言った。かっちゃんというのは、ダイチの叔父さんである勝也さんのことで、今はダイチの家の農場主である。そして、塔子さんの口ぶりから分かるように、勝也さんも土佐先生たちの同級生だ。

「で、あゆむんたち、本当は何を企んでるのかな? お姉さんたちに白状してごらん」

 今度は僕に向かって意地悪な笑顔を見せながら、塔子さんが訊いてきた。顔をぐぐっと近づけてくるので、また緊張してしまう。

「……いや、大したことじゃないですし、結構恥ずかしいことでもあるので、まだ秘密ということでお願いします」

 ダイチとマリサが企んでいることはそうでもないけれど、僕が企んでいることは、とてもバカげた話で、それこそ飯塚教頭だとか堀田副会長なんかの耳に入ろうものなら、白い目で見られかねない。土佐先生や塔子さんが、この話を聞いて僕を軽蔑するとは思えないけれど、塔子さんから邪気なく大笑いされる可能性はありそうな気がする。そうなると少々へこんでしまいそうなので、まだ黙っておくことにした。

 ちなみに「あゆむん」というのは、僕のことだ。フルネームは高山歩。かなり恥ずかしいし、こちらから言わずとも、みんな察しているだろうから黙っていようと思ったけれど、そういうわけにもいかないような気がするので、この件に関しては、ここで白状しておく。