『空にかたつむりを見たかい?』 第8回

「そういえば、昔、さまぁ~ずの大竹さんが、手乗り牛を見たって言ってた」

 眉間に皺を寄せながら、ちぎったコッペパンをスープに浸し、マリサは言った。

 食事中のマリサは、いつも不機嫌そうな顔をしている。どうして、そんなに不味そうな顔で食べるのだろう。たしかに、そんなに美味しいものではないが。

 中学に入学した頃は、学年一の美人と評判だったのに、そのとっつきにくい表情と性格が災いして、今では机を寄せるのは僕とダイチだけだ。それでも、恐れられることはあっても、嫌われてはいないらしい。どころか、後輩の女子の間ではファンクラブが存在しているとの噂もある。

「手乗り牛?」

 マリサの隣で既に食事を終え、窓の外の景色をぼんやり眺めていたダイチが訊き返す。

「そう、手乗り牛。なんか、十八歳くらいの時に、川で十五センチくらいの乳牛を見たんだって。まだ十八くらいだったから、そういうものもいるのかあ、くらいのリアクションだったらしいけど」

「いや、十八なら、もっと驚くでしょ」

「三村さんにも、そう言われてた」

 給食の時間、クラスメイトたちは、それぞれ仲の良いグループで机をくっつけて食事している。幸い、孤立している者はいない。まあ、担任教師も一緒にいる空間で、あからさまな孤立者を出すようないじめ方をするほどのバカはいないし、あからさまな孤立者の存在を黙認するほどのクズが担任ではないというだけのことかもしれない。

 強いて言えば、僕たち三人が浮いているように見えるだろう。会話内容もいつもこんな感じだし、「浮いているように見える」というか、実際に浮いている。陰で何か言われているのかもしれないけれど、僕たち三人は、あまり他の連中の会話に聞き耳をたてようとは思わないし、LINEもやっていないので、詳しいことはよくわからない。

 別に目立った実害はないし、他のクラスメイトたちとまったく交流がないわけでもない。せいぜい、趣味の映像制作に関して、僕やダイチと同じく知悦部小出身の上野に「ガキくさいことやってんなあ」と言われたことがある程度だ。

 僕には、上野のやっているバスケットボールのほうがガキくさいように思えてしまうのだけれど、これは価値観の違いというやつなのだろうと勝手にこちらで折り合いをつけさせてもらっている。

 気にくわない奴ではあるけれど、先の発言も、そこまでの悪意は感じなかったし、なんというか多少体育会系的な嫌な強引さはあるものの、暴力的であったり、いじめの加害者であったりすることはなく、むしろそういったことに関しては、かなり否定的でもあるようだ。

 ただし、下の名前で呼ばれると機嫌を悪くする。上野の名前は、某人気バスケットボール漫画のキャラクターと同じなのだけれど、小学校低学年のころ、上級生から「女の子の名前みたいだ」とからかわれたことがあったらしい。上野が下の名前で呼ばれるのを嫌うのはそのせいだ。いじめや暴力に手を染めないのも同じ理由なのだろう。だったら、他人の趣味を「ガキくさい」なんて言わないでもらいたいものだ。

 ただ、そんな嫌な思いをしたきっかけでもあるバスケットボール部に入部し、次期主将候補でもあるというのは、大したものだと思う。そんな上野は、クラスの目立つ男子たちと机を並べ、にぎやかに食事している。おかげで、もともと大きな声で話すことのない僕たちの会話が他の連中に漏れてしまうこともない。