『空にかたつむりを見たかい?』 第10回

「じゃあ、晴れた日を狙って、その川に行くの?」

 パンを食べ終え、浸すものがなくなったマリサは、スープだけを啜ってから言った。

「夏休みになれば、何回か晴れるかなと思ってね」

「でも、晴れるたびに、あの川ばっかりにいたら、さすがに怪しまれるでしょ?」

 ダイチが眠そうな顔で言った。

「まあ、僕だって撮れたら儲けものくらいにしか思ってないから、晴れるたびに、毎回行こうなんて考えてないよ。閉校式用の資料映像の撮影だってことにすれば、言い訳になるなと思ってるだけで」

 閉校式典用映像の撮影に便乗しようとしている理由は、そこにある。僕たち三人の企みは、どれも知悦部地区をうろつきまわったり、嗅ぎまわったりすることになるので、怪しまれたり迷惑がられたりした時の言い訳が必要だった。人が少ないくせに変わり者の比率が高い地域なので、さほど気にする人もいないと思うけれど、面倒な人がいないわけでもない。たとえば飯塚教頭とか堀田副会長とか……。

「あとさ、あの川ってホラ、なんだっけ、国島先生が撒いたナントカ菌で」

「ああ、あの微生物の団子だかなんだかってやつね」

「あんなことになったんだから、たとえ空飛ぶかたつむりがいたんだとしても、今はもういないんじゃないの? おたまじゃくしもいなくなったわけだし」

 僕とダイチの言う「ナントカ菌」や「微生物団子」というのは、僕たちが小学四年生の時、五・六年生(知悦部小学校は、児童数が少ないので、もう何年もの間、一・二年、三・四年、五・六年という複式学級状態が続いている)の担任だった国島先生が、川を元の綺麗な姿に戻すためと言って撒いた謎の物質のことだ。

 どうにも怪しげな環境保護団体に肩入れしていた国島先生は、川を浄化する作用があるというナントカ菌の団子を、授業の一環として川に撒いたのだけれど、川は綺麗になるどころか状態は悪化。僕が母さんと見に行った思い出深いおたまじゃくしたちは姿を消し、どういうわけか付近一帯にカマドウマ(通称・便所コオロギ)が大量発生した。それまで遭遇したこともなかったカマドウマが、校舎内や家の中に頻繁に現われ、虫嫌いの人たちの悲鳴が轟いた。母さんも、この事件の犯人から殺虫剤代をぶんどりたいと憤っていた。

 ナントカ菌団子とカマドウマの因果関係は不明で、同時期に農薬の濃度調整をミスして畑をひとつダメにしてしまった長嶺さんが原因ではないかという声もあったけれど(長嶺さんの畑の傍の林にいたカマドウマたちが逃げてきたのでは、という説だった)、非難は圧倒的に国島先生に向いた。国島先生自身が、「カマドウマの大量発生は、なにかもっと良くないことの前触れではないか。逆に、虻や蝶が例年より少ないとも聞く」などと、火に油を注ぐような発言をしたことで、より国島先生に対する視線は冷たくなり、結局、次の年には異動になった。在任期間、一年。長い知悦部小学校の歴史の中でも、一年しか居なかった教員は、そうそういない。まあ、自業自得だと思う。