『空にかたつむりを見たかい?』 第15回

 校舎内での楠本校長のインタビューをを終えた僕たちは、土佐先生の家に来ていた。楠本校長がえらく感動していた昔のビデオを見るためだ。マリサだけは写真を撮るために、まだ校舎に残っている。写真撮影に乗じて、「絵」の手がかりが校舎にもないか調べるのも目的だ。どうやらマリサは、犯人は知悦部地区の出身だとにらんでいるらしい。

「あ、いた。かっちゃん」

「ああ……当たり前の話ですけど、子供ですねえ」

 塔子さんが指差す画面の人物を見て、ダイチがしみじみと呟いた。僕も親しくしている勝也おじさんの小学生時代の姿を興味深く眺める。

「勝也おじさん、走るの速いですね」

「桑窪は、運動神経良かったからね」

 僕の言葉に、ベッドそばのパソコンで作業していた土佐先生が答える。

「マリりんも見ればいいのにね。何やってるのマリりん」

マリサのことを「マリりん」なんて呼べるのは塔子さんだけだろう。僕がそんな風に呼んだら、残酷な方法で処刑されかねない。マリサは塔子さんに心酔しているフシがあるので、塔子さんからどんな風に呼ばれても構わないようだけれど。

 塔子さんを見ていると、なんだかマリサの将来を見ているような気分になることがある。だけど、マリサが塔子さんに心酔していることを考えると、僕の憶測は誤りであるとも思えてくる。塔子さんは、誰かを面白がって好きになることはあっても、たぶん心酔するということはない。

「校舎の写真を撮りたいそうです」

 僕は、「絵」のことは、まだ黙っておいた。

「母さんたちも、しっかり子供だったねえ」

 ダイチがそうつぶやく。今見ているのは一九九五年の運動会の様子だが、もっと古いビデオは既に見終えている。僕やダイチの母さんがしっかり映っていた。もちろん、普通に見ていたのでは、いつまで経っても終わらないので、早送りしつつではある。要所要所、気になる点があればじっくり見て、チェックをつける。

「それにしても、本当に危ないことやってるね」

 話に聞いていた通り、この時期の運動会は活気がある。いや、荒っぽいと言ったほうがいいかもしれない。

「老人がずいぶんな勢いで走ってる」

 ダイチも、少々驚いた様子で眺めている。たしかに、明らかに六十代以上と思われる人が、三十代か四十代くらいの人たちに交じってリレーに参加している。しかも、かなり速い。農民の底力なのだろうか。あるいは、北海道民が持つアメリカ人のようなフロンティア・スピリットか。

「お待たせ」

 写真を撮り終えたマリサが戻ってきた。僕に顔を向け、バレない程度に顔を左右に振る。「ダメだった」ということだろう。どうやら、校舎の中に「絵」に関する手がかりはなかったらしい。

「おかえり、マリりん。ここ座っていいよ。あたしは、あとで見るから」

 塔子さんは立ち上がり、台所にある椅子へ移動した。

「ありがとうございます」

 マリサが塔子さんの座っていた場所に腰掛け、運動会の映像を見はじめる。

「あれ? ノイズ?」

 マリサがいつも以上に眉間に皺を寄せて、映像を見た。

「何?」

 僕が訊くと、マリサはテープを巻き戻し、「この辺り」と画面の右上あたりを指差した。注意して見てみると、たしかに何か細い黒い影のようなものが、そこを横切るように映りこんだ。

「古いビデオテープだからねえ。ノイズくらいあるでしょ」

 ダイチの言葉に、マリサは「まあ、そっか」と言ってテープを通常再生しはじめる。早送りしないのは、マリサも勝也さんたちの子供時代を見てみたいのだろう。