「うわ。ほんっと、うっとうしい」
急に塔子さんが、心底不愉快そうに叫んだ。
「え?」
マリサが珍しく不安そうな顔になる。こういう表情のマリサは、なかなか見れない。
「ああ、ごめん。こっちの話。っていうか、こいつの話」
塔子さんはそう言って、スマホの画面をこちらに見せてくる。
「ツイッターですか?」
ダイチがスマホの画面を見て言った。
「そう。ツイッター。ムササビの」
「ムササビ?」
マリサの問いに、塔子さんは「堀田信一のアカウント名」と答えた。堀田信一。僕らの中での知悦部地区のめんどくさそうな人ナンバーワンであるPTA副会長だ。会長に推されないのも頷ける。それでいて、副会長の座には入り込む。会長は上野の父さんが務めているけれど、堀田氏との仲は悪いらしい。
「語尾が基本的に『ッス』ばっかり」
「ス?」
「思うッス。わかるッス。難しいんス。文字で見ると余計腹立つ」
「ああ……」
スマホ画面に映る文章を見て、マリサは塔子さんの感じた不快感を共有したらしい。
「昔やったゲームにも、こういう口調のキャラがいて、腹立ったから、出てくるたびに弓矢で殺してた」
「なら、なんで見るんですか?」
僕が訊くと、塔子さんは「炎上してれば、ざまみろと思って、ついつい見ちゃう」と言った。しかし、どんなに炎上しそうなつぶやきがあっても、そもそも注目度が低いようなので、結果、塔子さんの気分が悪くなるだけのようだ。
「この口調で、たまに真面目な話をつぶやいてるんだけど、それがまた内容的にもアレで……」
堀田氏のツイッターを追っているわけではないし、追いたくもないので、その辺のことはよく分からない。しかし、塔子さんのスマホに映る堀田氏のつぶやきをよく見ると、「こと」が「コト」だったり、「いいのかな」が「イイのかな」だったり「普通」が「フツー」だったり、随分と軽薄な印象がある。本人はフランクな人柄を演出しているつもりなのかもしれないけれど、それも含めて確かに良い印象は持てない。
「ほら、このつぶやき見てよ。苦しい思いをしたものが、本当の幸せをわかるだってさ。苦労なんて人格曲げるだけ。つらい思いをした方が幸せを感じられるとか言う奴って、本当気持ち悪い。狭い仲間内の間では、なんか共感し合ってるみたいで、そこがまた……ねえ。こういうのにとっての仲間って、お互いのクズな面に鈍感な者同士のことを言うのかな」
たしかに、二、三件の「お気に入り登録」が見られる。
「こいつ、自分には学がないからよく分からないが、なんて言い訳っぽいこと言ってるくせに、納得しやすい意見にはすぐ正論だってほざいてる。バカが正論かどうか判断できるわけないじゃない」
塔子さんはそこまで言うと、「まあ、いいや。切っとこ」と呟き、スマホの電源を切った。
「あ、また」
塔子さんの堀田氏に対する不快感表明にはあまり興味を持たず、運動会の映像に集中していたダイチだったが、またノイズを発見したらしい。
「スカイフィッシュかな」
僕たちの後ろから画面を覗きこんで、土佐先生が言った。
「スカイフィッシュ?」
マリサが訊ねる。
「知らない? 目に見えないほどの速さで、そこら中を飛び回る謎の生物。一時期、話題になったんだよ。まあ、正体に関しては諸説あるけど。ここにはたくさんいるんじゃない?」
「その、スカイフィッシュがですか?」
僕の言葉に土佐先生は、「まあね」と言ってにやりと笑った。死人でも機械でもない笑い方だったが、死人のような機械のような時の土佐先生以上に妙な迫力のある笑顔だった。