『空にかたつむりを見たかい?』 第18回

「家族でも親戚でもないからいいんだ」

 阪市さんは、僕にそう言った。

 桑窪阪市さんは、勝也おじさんの父親。つまり、ダイチのおじいさんだ。もう、六十代後半になるのに、「おじいさん」という感じはまったくしない。

 桑窪家は、知悦部地区で代々とても力のある一族として有名だ。別に、知悦部の主というわけではないけれど、なんとなく、みんなが一目置く存在だった。知悦部小学校の歴史を見ても、校内のリーダー的存在は大抵、桑窪家の子供だったらしい。残念ながら、ダイチはその血を受け継がなかったようだ。

「なあ、ダイチ。なんでアユムよりも食ってるのに、お前の方がいつも眠そうなんだ?」

 夕食中、阪市さんは、いつも通りぼんやりした顔のダイチにそう言った。ダイチは、「原因が分かればなんとかしてる」と言って笑う。

 僕は幼い頃から、桑窪家で過ごす時間のほうが長い。

 母さんは、僕が生まれてすぐに父と離婚した。僕の父は漁師の息子で、体は丈夫だったらしいけれど、何か悪さをした時は、親からボコボコに殴られたり、海に投げ落とされたりという荒っぽい育て方をされ、自分自身もそういう考えに染まっていたという。そのまま結婚生活を続けていたら、僕もそんな育てられ方をしたのだろうか。そう考えると、ゾッとする。

「だからね。つきあってる間に、そういうダメな部分をしっかり記録して、丈夫なDNAだけもらって、アユムが生まれてすぐに別れたわけ。弁護士も有能だったから、離婚するのすごいスムーズだった」

 六歳になったころ、母さんからそう言われた。たしかに僕は、小食のわりには軽い風邪程度の病気しかしたことがない。そこまで計算して父と結婚したのだとしたら、我が母ながら恐ろしい人だと思う。ただし、これは特殊なケースなのだから、あまり他人に勧めてはダメだとも言われている。勧めるつもりなんて、当然ない。

 僕の母さんとダイチの母さんである夏美さんは、小学校の頃からの親友同士だ。荒っぽい父が別人のように凹むほどの養育費をふんだくったとは言え、シングルマザーとして働かなければいけないと考えた母さんに、なら働いている間は、僕をうちで一緒に過ごさせようとダイチの母さんが提案した。

 ダイチの母さんも、同じ時期、つまりダイチが生まれてすぐに離婚していて、子供のために阪市さんや弟の勝也さんたちが住む実家へ戻ってきたところだった。なら僕の母さんも、と考えたらしい。阪市さんたちも快く賛成してくれて今に至っている。もちろん、母さんは、食費などの一部生活費を桑窪家に払っているけれど、阪市さんは当初、別にかまわないと言ってくれていた。今でも、母さんが無理矢理押し付けているような形だとか。ちなみに、ダイチの母さんの離婚原因は「夫が大の犬嫌いだったから」だ。

 母さんは、ドライブインでのバイトもしているが、本業は地元ラジオ局のパーソナリティだ。なかなか人気もあって、夜おそくなることも多い。空飛ぶかたつむりを見た、あの日の記憶が印象深いのは、そんな母さんと一日中一緒にいた数少ない思い出だということもある。