『空にかたつむりを見たかい?』 第21回

 イヌフラシの噂が児童たちの間で流れ始めてから最初に産まれた犬は、ストーニーと名付けられ、小学校で飼われることになった。教員からは児童よりも大事にされ、児童からは教師よりも慕われた。

 このイヌフラシが産み落としたと言われる犬については、小学校五年の時、ダイチが自由研究として調べ上げている。各家庭で拾われた犬や、平成より前の時代のことまでは網羅できなかったけれど、現れた場所が小学校付近だった犬や、教員住宅や学校敷地内で飼われた犬は、妖怪が「イヌフラシ」という名前で呼ばれるより前に現れたものも含めて、ほぼ完全にリストアップされている。

 

 

ブルク……一九八九年十月、グラウンドに現れる。白と黒のぶち模様。擁護教諭・佐川光江の家で飼われ、佐川の異動に伴い、知悦部を去る。

 

じゃじゃまる……一九八九年十二月、当時五年生だった渡邊潤の家に現れ、後日学校に連れてこられる。少し太めで、茶色の長めの毛。用具小屋の傍で飼われるが、四年後に病死。

 

マホニー……一九九一年九月、校舎裏に現れる。細見で茶色く短い毛。そのまま校舎裏に作られた小屋で飼われる。一九九三年三月、異動となった佐藤和久校長と共に知悦部を去る。

 

ストーニー……一九九三年七月、グラウンドに現れる。「イヌフラシ」という名前が児童の間で囁かれはじめてから、最初に学校に現れた犬。細見で白く短い毛。教員住宅前の車庫で一九九九年五月に老衰で息を引き取るまで飼われる。

 

リンク……一九九四年五月、校門前に現れる。細見で薄い茶色の短い毛。しばらく、ストーニーと共に車庫で飼われたが、翌年三月、異動となった綾瀬隆史教頭と共に知悦部を去る。

 

トッパー……一九九四年九月、当時四年生だった福本和也が登校中に発見。たくましい印象の黒い犬。しばらく学校で飼われた後、福本家に引き取られる。二○○一年四月に息を引き取る。

 

ドレビン……一九九五年六月、校舎裏に現れる。大型で白く長い毛。当時六年生だった榊恵里菜が家に連れ帰り、老衰で二○○一年二月に息を引き取るまで飼われる。

 

コメット……一九九六年十二月、校舎玄関前に現れる。平均的な柴犬のような犬。ストーニーと共に、車庫で飼われ、二○○四年五月に息を引き取る。

 

なびき……一九九七年六月、当時四年生だった榊美里が登校中に発見。足の短い小型の白い犬。擁護教諭の藤島康代の家で飼われ、二○○二年の異動に伴い、知悦部を去る。

 

カレルレン……一九九九年七月、校舎裏に現れる。大型で長い灰色の毛。そのまま、教員住宅前の車庫で二○一二年に息を引き取るまで飼われる。

 

チロル……二○○○年五月、校門前に現れる。小型で黒と茶色のまだらの毛。大村正樹校長の家で飼われ、二○○五年の異動に伴い、知悦部を去る。

 

アクセル……二○○○年十二月、当時二年生の笹本香織が登校中に発見。大型で黒く長い毛。数日、学校で飼われた後、笹本家に引き取られ、現在も存命中。

 

ただきち……二○○二年七月、校門前に現れる。大型の白く短い毛。擁護教諭の黒沢紫の家で飼われ、二○○八年の異動に伴い、知悦部を去る。

 

ロン……二○○三年十月、グラウンドに現れる。全体的には茶色く短い毛だが、一部のみ黒い毛。しばらく教員住宅前の車庫で飼われた後、事務職員の中野秋実の実家に引き取られる。

 

ふじやん……二○○六年二月、グラウンドに現れる。太めで短いこげ茶色の毛。教員住宅前の車庫で飼われ、現在も存命中。

  

 

「昔、ふかわりょうがネタで言ってた『5時間目には犬がやってくる』っていうのも、イヌフラシかもしれないね」

 食事を終えたナスレディンを撫でながら僕が言うと、ダイチは「まさか」と言って笑った。

「で? 分かった? ナスレディンの産みの親の名づけ親」

「いいや、全然。一九九三年にイヌフラシって名前が出はじめたってことしかわからないね」

 ダイチが今回の映像制作に乗じて調べているのは、イヌフラシという名前は誰が考えたのかということだ。どうしてそれが気になるのかは分からないけれど、他人のことは言えないし、本気で調べようとまでは思わないまでも、たしかに面白い話であるので、僕も可能な限り、インタビューなどの際に犬の話を訊いている。

「ナスレディンは知ってるのかな」

「神を見たいだけの犬だから、知らないでしょう」

 撫でているうちに、ナスレディンは横になり、眠り始めた。ナスレディンが先ほどまで乗っていた犬小屋の屋根には、一匹のかたつむりが居座っている。これもまた、特別珍しいことではない、知悦部のありふれた景色だ。