『空にかたつむりを見たかい?』 第24回

「防風林の中は大丈夫なんじゃないかな」

 確証はないが、ナントカ菌にも薄め忘れた農薬にも負けず、あそこの木々はたくましくそびえている。もしそこに「空飛ぶかたつむりらしきもの」がいるのなら、防風林にカメラを向けてさえいれば、映りこんでくれるかもしれない。

「カメラだけ置いておきたいよね。ちゃんとした調査とかテレビ局なら、そうするんだろうね」

「ちゃんとした調査でもテレビ局でもないから、そうできないけどね」

 暑さに耐え、汗をぬぐいながら二十分ほど歩いて、ようやく例の川に辿り着いた。

「久しぶりに見るけど、ひどい川だね」

 ダイチの言う通り、川の水は、水と呼んで良いものかどうか悩むような状態だった。赤黒いヘドロのようなものが溜まっているだけにしか見えない。もし、あの中でおたまじゃくしが生きているのだとしても、ここからでは確認できない。

「水たまりだね、ただの」

 僕は答える。これでもまだ良い表現を使ったつもりだ。

「あ、でも川にはいないけど、防風林の方にはいるね」

 ダイチが指差した方を見ると、道路にもっとも近い位置の木の根元部分に、大きめのかたつむりが一匹張りついていた。

「本当だ。あそこだけは、あの日の記憶とあまり変わらない」

「どうする? カメラ回しとく?」

「そのために来たんだからね。お願いするよ」

 僕がそう言うと、ダイチはカメラを回し始めた。

「でも、あれだね。いつ飛ぶかわからないものを、こうやってじーっと撮ってるのは、色々と勿体ないね」

「随時、消してくれて構わないよ。まあ、かたつむりは、ここの名物だから、いくらか残しておけば、資料映像としては使えるでしょ」

「手が疲れたら、替わってね」

「了解」

 かたつむりは動かない。動いているのかもしれないが、生物とは思えないのろさだ。『亀は意外と速く泳ぐ』というタイトルの映画を土佐先生のコレクションから借りて観たことがあるけれど、かたつむりが意外と速く動くことはない。それこそ、空でも飛ばない限りは。そういえば、『亀も空を飛ぶ』というタイトルの映画もあった。かたつむりも僕らの前で空を飛んでほしい。

「アユムが見た時も、こういう日だったんでしょ?」

「こういう日って?」

「雨あがり」

「ああ……」

 そう、雨あがり。なぜか、雨あがりでないと、かたつむりは飛ばないと僕は感じている。もちろん、雨あがりのかたつむりをじっと見つめていたからと言って、それが飛ぶとは限らない。というか、飛ぶとか飛ばないとか、そんなことを言ってること自体、一般的にみれば阿呆らしいことだろう。隣でカメラを回し続けてくれているダイチのことを思うと、その阿呆さの罪深さにいたたまれなくなってくる。

「……手が疲れたら替わってって言ったけどさ。別に、嫌になったらかたつむり調査自体やめていいから」

「ええー……。でも、もう船に乗っちゃってるし。なんなら、率先して操縦しちゃってる気分なんだけど」

「それは、本当に申し訳ないね」

「いや、好きでやってるってことだよ」

 口調こそぼわっとしていて、適当に答えたという風にもとられそうだが、なんだかんだでダイチは、本当に嫌なものはしっかり伝える奴なので、たぶん「好きでやっている」というのも嘘ではないのだろう。

 もちろん、それは僕が妙なことにダイチを巻き込んでいる後ろめたさを少しでも和らげたいから、そう思いたいだけということでもある。自分の気持ちすらよく理解できていないのに、他人の気持ちなんて分かるはずないのだ。

 実際、僕は僕で、なぜ空飛ぶかたつむりに対して引っ込みがつかなくなっているのかも分からない有様だ。

 普通に考えれば、やっぱり何かの見間違いだと思えるくせに、心のどこかでは、あの日見たものが本当に「空飛ぶかたつむり」だとも思っている。そして、もう一度、その姿を見れば、なにか自分の中で「すごい発見をした」という以上のものが芽生えることも確信しているようなのに、それが一体どういうことなのか、まったく説明できそうにないのだ。

 今の気分なら上野にこう言える。「映像制作がガキっぽいという意見には反対するけれど、僕がガキっぽいという意見なら反対できない」と。