『空にかたつむりを見たかい?』 第25回

「アユムはたまに弱気になるね」

 僕がうじうじと辛気臭いことを考えているのを察したのか、ダイチが言った。

「別に、普段から強気で生きているつもりはないんだけどなあ」

「いや、そうなんだろうけど、僕は素直に、アユムすげえなあって思うこといっぱいあるんだけど、なんかそれをアユムは誇れてないなあと思うのね」

「すげえなあって思うこと、あるかい?」

「妙な勘の良さがあるし、インタビューでもアユムが聞き手に回ると、みんなどんどん喋ってくれてる。これって、かなりすごいことだと思うんだよね。それに『シタカルト~』だって、今回の映像だって、基本的にアユムが考えてるじゃない」

「まあ、そうかもしれないけど……」

「僕には思いつく力があまりないから、基本的に手伝ってるだけ。まあ、それも好きでやってるんだけどね。僕はさ、自分で何か思いつけなくても、たとえ何の役にも立たなそうなわけの分からないことでも、知っていることが増えていくのがさ、それだけで楽しいんだよね。今も不謹慎ながら、僕がすげえなあって思うことの多いアユムが、そのことをやっぱり誇れてないってことが知れて楽しいもの」

 イヌフラシの調査の理由もそれだろうか。知ることがそれだけで楽しい。僕も、そんな気分になることは多い。でも、基本的な行動原理がそんな思いで固められているほどではない。結局僕は、何がいちばん自分を興奮させるか、熱中させるかが分かっていないのだろう。

「でも、暑いのは辛いけどね」

「それは、うん。どうしようもなく辛いね」

 ダイチの言葉に、僕はようやく笑って同意できた。暑いのは辛い。知ることそのものが楽しくても、知る過程が楽しいとは限らない。

「マリサのほうは、どうなのかね」

 カメラを覗きながら、ダイチが言う。

「マリサのほう?」

「うん。あの絵」

「特に手がかりなしだってさ」

「だろうねえ」

 考えてみると、ダイチの追っているイヌフラシの謎が、いちばん解決に近いのかもしれない。一九九三年以前には、その名前が出ていなかったということを考えれば、一九九二年から一九九三年の間に、知悦部小学校に在籍していた児童のうちの誰か、と考えるのが自然だろう。

「替わってもらっていい?」

「了解」

 僕はダイチからカメラを受け取った。

「ユイ、何時ごろ来るんだっけ?」

「二時ごろ」

「あと四十分くらい? それまで、こうやって?」

「移動のこともあるから、あと十五分くらいかな」

「ああ、あそこまで、また歩いていくんだったね」

「マリサが車をこっちまで寄越してくれるわけないからね」

 マリサは塔子さんの運転する車でユイを迎えに行っている。そのまま撮影場所まで向かうのだろう。マリサたちが到着する前に、僕たちは、歩いてそこに辿り着かなければならない。

「泣けてくるねえ」

 ふざけた様子でそう言うダイチだったが、よく見ると、たしかに頬を伝う水滴があった。額に汗が滲んでいるので、頬の水滴も汗だと思うが、ひょっとしたら目に汗が入ったことによる涙かもしれない。

「泣くなよ。男だろ?」

「隠れて泣くこともできないっていうなら、こんな突起物いらないよ。かといって、とられたら、また泣いちゃうね」

「痛くしないであげるから、とっちゃおうか?」

「無茶言うんじゃないよ」

 結局、かたつむりは飛ぶどころか、動くことさえなかった。