「アユムはたまに弱気になるね」
僕がうじうじと辛気臭いことを考えているのを察したのか、ダイチが言った。
「別に、普段から強気で生きているつもりはないんだけどなあ」
「いや、そうなんだろうけど、僕は素直に、アユムすげえなあって思うこといっぱいあるんだけど、なんかそれをアユムは誇れてないなあと思うのね」
「すげえなあって思うこと、あるかい?」
「妙な勘の良さがあるし、インタビューでもアユムが聞き手に回ると、みんなどんどん喋ってくれてる。これって、かなりすごいことだと思うんだよね。それに『シタカルト~』だって、今回の映像だって、基本的にアユムが考えてるじゃない」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「僕には思いつく力があまりないから、基本的に手伝ってるだけ。まあ、それも好きでやってるんだけどね。僕はさ、自分で何か思いつけなくても、たとえ何の役にも立たなそうなわけの分からないことでも、知っていることが増えていくのがさ、それだけで楽しいんだよね。今も不謹慎ながら、僕がすげえなあって思うことの多いアユムが、そのことをやっぱり誇れてないってことが知れて楽しいもの」
イヌフラシの調査の理由もそれだろうか。知ることがそれだけで楽しい。僕も、そんな気分になることは多い。でも、基本的な行動原理がそんな思いで固められているほどではない。結局僕は、何がいちばん自分を興奮させるか、熱中させるかが分かっていないのだろう。
「でも、暑いのは辛いけどね」
「それは、うん。どうしようもなく辛いね」
ダイチの言葉に、僕はようやく笑って同意できた。暑いのは辛い。知ることそのものが楽しくても、知る過程が楽しいとは限らない。
「マリサのほうは、どうなのかね」
カメラを覗きながら、ダイチが言う。
「マリサのほう?」
「うん。あの絵」
「特に手がかりなしだってさ」
「だろうねえ」
考えてみると、ダイチの追っているイヌフラシの謎が、いちばん解決に近いのかもしれない。一九九三年以前には、その名前が出ていなかったということを考えれば、一九九二年から一九九三年の間に、知悦部小学校に在籍していた児童のうちの誰か、と考えるのが自然だろう。
「替わってもらっていい?」
「了解」
僕はダイチからカメラを受け取った。
「ユイ、何時ごろ来るんだっけ?」
「二時ごろ」
「あと四十分くらい? それまで、こうやって?」
「移動のこともあるから、あと十五分くらいかな」
「ああ、あそこまで、また歩いていくんだったね」
「マリサが車をこっちまで寄越してくれるわけないからね」
マリサは塔子さんの運転する車でユイを迎えに行っている。そのまま撮影場所まで向かうのだろう。マリサたちが到着する前に、僕たちは、歩いてそこに辿り着かなければならない。
「泣けてくるねえ」
ふざけた様子でそう言うダイチだったが、よく見ると、たしかに頬を伝う水滴があった。額に汗が滲んでいるので、頬の水滴も汗だと思うが、ひょっとしたら目に汗が入ったことによる涙かもしれない。
「泣くなよ。男だろ?」
「隠れて泣くこともできないっていうなら、こんな突起物いらないよ。かといって、とられたら、また泣いちゃうね」
「痛くしないであげるから、とっちゃおうか?」
「無茶言うんじゃないよ」
結局、かたつむりは飛ぶどころか、動くことさえなかった。