『空にかたつむりを見たかい?』 第27回

「じゃあ、ゆいっぴ。あっちから好きに自分の歌を歌いながら、ゆっくり歩いてきて。カメラ前まで来たら、そのままカメラを追い越して歩いていって。それだけでいいから」

「ほんきーとんくうぃめーん!」

 そう叫んでユイは、中磯瀬の町に向かう道を走って行った。

「本当、変な奴だよねえ」

 カメラを覗きながら、ダイチが呟いた。

「僕らにそんなこと言う資格はないだろうけど、それも許されそうなくらい変な子だね」

 僕は走っていくユイの背を見て答えた。十五メートルほど先まで走って行ったユイは、そこで立ち止まり、「このへんでいーい?」と叫んでいる。

「あと五メートルくらい!」

「ほんきーとんくうぃめーん!」

 五メートルほど下がり、再びユイが「このへーん?」と叫ぶ。僕は、両手で大きく○を作ってユイに見せた。

「ほんきーとんくうぃめーん!」

「じゃあ、いいよ。スタート!」

 ユイは、僕の指示通り、ゆっくりと歩み寄って来た。

 

  ♪ばかものどもの若者論

  逃げろ、二元論、人間論

  そこのけ、追い越せ、おっとせい

  おっとー星人、誰のせい

  まこさま、まささま、さゆりさま

  しいたけ先生たべられない

 

「はい、カット」

「いえーい!」

 カットの声を聞いたユイは、なぜか僕に突進してきた。そのまま抱きつかれ、僕は転びかけた。

「はいはい。お疲れ様でした。もう帰っていいよ」

「えーっ、もう終わり? もっと遊びたーい」

「いや、遊んでるわけではないし……」

 僕はユイを引きはがしながら、そう言った。

「これからなんかあるの? ねえねえ。なんかあるの? なんかあるなら、ついていっていい?」

 何もない。強いて言えば、今日までに撮影した映像を見なおしてみようかと考えていたが、そこについて来られても困る。

「はいはい。ほら、ゆいっぴ、アユム君困ってるからおとなしくしようねー」

 車から降りてきたマリサが、ニヤニヤしながらユイをなだめはじめる。どうも、マリサは、ユイを変わった小動物か何かだと思っているらしい。

「あ……」

 突然、ダイチが声をあげた。

「どしたの?」

 マリサがダイチに訊く。

「音入ってないわ。もっかいだね」

「ほんきーとんくうぃめーん!」

 ユイは叫び、そのまま僕がさっき指定した場所まで走っていく。僕は、ユイの叫び声を聞き、今日は帰ったらすぐに風呂に入って寝ようと思った。

「あゆむん」

 再び車の窓から顔を出した塔子さんが僕に語りかけた。

「ねえ。小さな子供がどうしてワガママか分かる?」

「え?」

 急になんだろう。

「次なんてないことを知ってるからだよ。また今度、なんてないって分かってるの」

 塔子さんは笑顔だ。でも、いつもの意地悪そうな笑顔じゃない。

「ゆいっぴは、それを理解してるのかもよ」