『空にかたつむりを見たかい?』 第29回

 かたつむりの謎も、「絵」の謎も、イヌフラシの謎も解明できないまま、夏休みは中盤を迎えつつある。閉校記念式典用の映像だけは、順調に撮影できていた。昨日も、同窓会会長の笠井さんへのインタビューを終えたところだ。

 そして今日は、阪市さんの久しぶりのフライトを撮影することになっている。

 さすがに阪市さんにカメラを渡したり、無理矢理二人乗りまでして空撮を行うのは危険だし、空からの画が欲しいわけでもないけれど、知悦部の空を飛ぶ阪市さんとベサメ・ムーチョ号の画は魅力的だった。

自衛隊に入るなら海上自衛隊だ。食い物美味いし、ウィスキーあるし」

 久しぶりにベサメ・ムーチョ号に乗ることになった阪市さんは上機嫌だ。今はなぜかダイチに、自衛隊員だったころのことを話している。

「社会をサバイバルっておかしな話だろ。サバイバルってジャングルとか戦場でするものだろ。サバイバルしなきゃいけない社会ってのは、その時点でおかしいんだよ。そこに生きる人を強くしようとか考える前に、社会を変えろっていうんだよ」

「親父、酔ってないよな? 本当に酔ってないよな?」

 勝也さんが怒ったような顔で阪市さんを問い詰める。怒ったような顔というか、怒っているのだろう。

「心配するな」

「見物人が多いからって、無茶するなよ」

 今日のフライトには、土佐先生や塔子さん、それに出演を依頼してから、いつも以上にまとわりついてくるようになったユイも見学に来ている。桑窪家の面々も、仕事のある僕の母さんと農協のパートに出ているダイチの母さん以外はせいぞろいだ。こんな状況で墜落されたら、いろんな意味で地獄絵図だろう。

「ナスレディンも、今日は低みの見物だね」

 塔子さんが、マリサの足もとでじっとしているナスレディンを見て言った。

 いつもは高い屋根や木に登ってばかりのナスレディンだが、なぜか今日は、マリサのそばから離れない。神を見たい犬のはずなのに、ベサメ・ムーチョ号に乗りたがるような素振りはまったく見せない。神を見たいだけで、神になりたくはないのかもしれない。

 

 ♪勝て、勝て、家庭科教師

 負け、負け、マケドニア

 噛め、噛め、カステラ小町

 待て、待て、マッケンロー

 

 ユイは、またヘンテコな歌をうたいながらナスレディンにじゃれつこうとしているようだけれど、ナスレディンのほうは少し迷惑そうだ。ナスレディンもユイのテンションにはついていけないらしい。