「よーし、じゃあ行くぞ」
阪市さんがベサメ・ムーチョ号のエンジンをかけた。
「ばっちり撮っておけよ」
カメラを回すダイチに向かって阪市さんが大声で叫ぶと、ベサメ・ムーチョ号は桑窪家の畑から尻悦部の空へと飛びたった。点々としか建造物のない尻悦部地区だからできることである。
「親父、本当に大丈夫かな。こっちに突っ込んで来たりしないだろうな」
「トウモロコシ畑がないから逃げられないね」
僕からは少し離れた場所で不安そうにベサメ・ムーチョ号の行方を見守る勝也さんに、土佐先生が言った。
「なんだっけ、それ」
「『北北西に進路をとれ』」
上空を大きく旋回するベサメ・ムーチョ号。勝也さんは、酔っているんじゃないかと心配していたけれど、阪市さんは、ちゃんと安全な範囲内を選んで飛行しているようだ。
桑窪家への入り口から東側の方向へ向かってしまうと、大きな山が連なっている。一番近くの低めの山は桑窪家のものだけれど、その他の大半の地平線を塞ぐ山々は、個人所有というわけではない。いずれにしても、ベサメ・ムーチョ号でその上を飛ぶのは危険だ。それこそ北北西なら問題はない。阪市さんは、しっかり危険な場所を避けて飛んでいる。
「心配いらないみたいだね」
ベサメ・ムーチョ号を見上げている僕に、塔子さんが言った。
「そうですね」
僕も安心し、塔子さんの方を向く。
「ねえ、あゆむん。ゆいっぴを撮影した時にした話、覚えてる?」
「小さな子供がなぜワガママかって話ですか?」
小さな子供がワガママなのは、次なんてないことを知っているから。また今度、なんてないって分かっているから。塔子さんは、あの時そう言っていた。
「そう。その話の続きっていうか、関連するお話。聞いてくれる?」
塔子さんに「聞いてくれる?」なんて言われて断れるはずもないし、断りたい理由もなかった。
「どんな話ですか?」
「あたしの知り合いの話なんだけどね。小さい時、遊びに来てた青森のおじさんを夜中に空港まで家族みんなで送っていったんだって。その帰り、車がレストランの前を通ったの。ウィンドーに大きなフルーツパフェの食品サンプルがあってね。食べたいって、ねだったんだって。でも、もう遅いし、また今度ねって母親は諭したの。でも、どうしてもその時に食べたくて、すごく不機嫌になって、家に着くまでずっとふさぎこんでたんだって。母親は、なだめようとして、何度も『また、今度ね』って。でも、『また、今度』なんて来ないまま、そのレストランは閉店しちゃったんだって」
人によっては、どうってことのない話かもしれない。でも、なんだか僕には、少々喉の奥がしめつけられるような気分にさせられる話だった。あまり思い出したくはないけれど、中学二年の僕にも、似たような思い出はいくつかある。きっと、小さいころのことをよく覚えている人なら、同じような気分にさせられるのではないかと思う。
「Someday Never Comes」
「え?」
「あたしの好きな歌。クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル」
「ああ、CCRですか」
CCRは知っている。でも、その歌は知らなかった。
「いつかなんて決して来ない。そういう歌なの。ほら、これに入ってる」
CDを受け取ると、塔子さんは、その『Someday Never Comes』を口ずさみはじめた。
「First thing I remember was askin’ papa…」
僕は訳詞に目を移す。