知悦部小学校事務職員 土佐洋太 ――知悦部地区小学校と地域を語る
知悦部小学校に赴任してきたのは、もう六年前のことですね。たいへん、良くしてもらっています。
児童数が減少し、欠学年も目立ち、閉校もやむをえないのだろうとは思いますが、やはり残念でなりません。
閉校にあたり、知悦部小学校でお世話になった地域の方々に改めて感謝申し上げます。そして、この立派な校舎が、今後も知悦部地区の中心となり、様々な文化活動の拠点として、この土地に生きる人々を見守ってくれることを願います。
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「かたつむりを見たいなら、桑窪さん家の裏山でキャンプをしたらいいよ」
記念式典映像用のあたりさわりのないインタビューを終えた後(土佐先生に、あんないかにもな受け答えが出来るとは驚きだ)、僕はすぐ、空飛ぶかたつむりについて訊いてみた。しかし土佐先生は、詳しく語ることはなく、なぜか僕たちにキャンプをするよう勧めてきた。
「オーロラでも見に来たみたい」
キャンピングカーの窓から夜空を眺めて、マリサが言った。谷川さんのインタビューには参加しなかったくせに、このキャンプには喜んでついてきた。どうやら、自分のベッドでしか眠れないなんていう繊細な一面は持っていなかったらしい。いや、とにかく寝たい時にベッドで眠ることができれば、それでいいのかもしれない。いや、勝手な憶測はやめよう。
このキャンピングカーは勝也さんのものだが、元々は、中学校時代の同級生から譲り受けたものだという。勝也さん自身は今日のキャンプには参加していない。塔子さんが、車だけ貸すよう脅迫したらしい。参加しているのは僕とダイチとマリサ、土佐先生と塔子さん、そして神を見たい犬のナスレディンだけだ。もっとも、キャンプ地となった場所は、土佐先生の言うように桑窪家の裏山なので、いざとなれば桑窪家の人たちはすぐにやって来れる。絶対について来たがるであろうユイには、伝えてすらいない。申し訳ないけれど、今回はちょっとダメなんだ。
近くには、廃車になった中型バスが放置されている。エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』には、廃車になった列車の禁煙車を改造して住処にしている禁煙先生というキャラクターがいて、それに憧れた勝也さんが別荘がわりにしようと、どこからか入手したものらしい。残念ながら、住めるような改造はできていない。ついでに言うと、禁煙先生も勝也さんも喫煙者だ。
「オーロラはいいけどさ……土佐先生、本当に料理できるのかな?」
キャンピングカー内の調理場に立つ土佐先生を横目に、ダイチが不安そうにつぶやいた。
「不器用な人ではないから大丈夫だと思うけど……」
土佐先生は、おかしな人ではあるけれど、包丁が扱えなかったり、ガスの使い方も分からないような人ではない。だからと言って、料理ができるイメージもないのだ。
「いいじゃん。一日だけだし、別に毒を盛られるわけでもないんだから」
マリサはそう言って、窓から夜空を眺め続けている。大食だが、グルメな感覚は持っていないらしい。
「大丈夫。あたしに変なもの食べさせる度胸なんてないから」
料理を手伝う様子もなく、塔子さんが言った。
「言ってなかったけど、家でも大抵、洋ちゃんが作ってるの」
「塔子さんはやらないんですか?」
「たまにしかね。やっても、醤油で焼くか、胡椒で炒めるくらいだね」
マリサの問いに、塔子さんはあっけらかんとした様子で答えた。
それにしても、土佐先生が中学時代に書いた、あのかたつむりの記事だ。土佐先生もどこかで空飛ぶかたつむりを見たことがあるのだろうか。それとも、単なる土佐先生の妄想と僕が見た何かが偶然一致しただけなのか。
土佐先生と塔子さん、それに谷川さんたちは一緒にバンドをやっていたこともある。谷川さんは、イヌフラシの名づけ親。ゲルニカ事件は、土佐先生たちが中学生のころの出来事。そして、かたつむりについて何か知っているらしい土佐先生……。
僕は思い切って塔子さんに訊いてみることにした。
「塔子さん。土佐先生って、何者なんですか?」
「あたしと十五以上友達やってるんだから、Mに決まってるでしょ」
塔子さんは、間髪入れずにそう答えた。
そういうことが聞きたかったわけじゃない。
「お待たせ、ビストロ土佐洋太」
ふざけたことを言っているのに、顔はまったくふざけていない土佐先生が料理を運んできた。
「すごい量ですね」
ダイチが驚く。
土佐先生が用意してくれた夕食は山盛りのパスタだった。「キャンピングカーでは、パスタを食べなきゃいけないんだ」と土佐先生は言う。量はともかく、味はまあまあだった。しかし、小食の僕には自分の分すら平らげることはできず、大漁のパスタの半分近くがマリサとナスレディンの胃に収まることになった。