蒸発旅日記の時代

 占いの類は根拠がなくとも「今日のあなたは運勢第1位!」などと言われれば悪い気はしないわけで、たしかに運が良い日だったと言えなくもないし、逆に「あんた最下位」となれば、そんなこと言われた時点で気分は沈むわけであり、良くも悪くもその程度のものだと捉えるべきものなのだろうけれど、しかし、このご時世に「旅行が吉」なんて言われても困るわけで、しかも2つ以上の媒体でそんなアドバイスをされてしまうと、もうそれは単純に運が悪いということなのではないかと思えてくる。せめて「紀行番組を見るだけでも運気上昇」くらいのことを添えられないものだろうか。

 ところで、中学の頃にクラスメイトと「『遠くへ行きたい』の主題歌は、なぜ詞も曲も物悲しいのか」という話題で(盛り上がりに欠ける私の会話遍歴の中では比較的)盛り上がったことがある。蒸発願望の吐露としか思えないあの歌から連想されるのは、どうしたってハワイやグアムの陽気な景色ではなく、つげ義春の漫画世界である。

 しかし、コロナウイルスの感染要因は食事そのものではなく会話であるという話を聞くので、死に場所探しのようなつげ義春的旅行であれば、感染拡大の危険性も低いかもしれない。ひょっとして「昔のガロの匂いがする」などと言われることもある私のような人間に陽の目があてられるべき時なのでは? いや、陽の目なんて浴びたら文字通り「蒸発」してしまうかもしれない。生来の日陰者は感染拡大の片棒など担ぎたくても担げそうにないので、これまで通りおとなしくしているのが世の為だろう。

新版 貧困旅行記 (新潮文庫)

新版 貧困旅行記 (新潮文庫)

  • 作者:つげ 義春
  • 発売日: 1995/03/29
  • メディア: 文庫