逃亡トンガリキッズ

 眼鏡が壊れている。直したり買い替えたりするといくらかかるかわからんので、無理矢理テープで補強してある。意外と知人にも自分から白状するまでバレずにいた。金銭的余裕を充分に感じられる時まで、なんとか誤魔化せそうな気もする。

 問題は拭いたり洗ったりするのが困難になってしまったことである。そもそも、破損原因が私の拭き過ぎ/洗い過ぎによるものなのだが、不衛生な眼鏡で人前に出るくらいなら、歪んだ眼鏡で笑われるほうが良い。

 眼鏡が必需品になったのは小学校中学年からだった。おかげで元々嫌いだった体育が余計に嫌いになった。眼鏡破損への恐怖心からである。割れたレンズや部品が眼球に突き刺さるダリオ・アルジェントルチオ・フルチ的な夢をよく見るようになった。体育以外にも生活全般で自主規制することが増えていった。

 理科の実験で火や劇物を扱う際、「眼鏡の者は目が守られているから有利」と言った教師がいた。ゴーグルならともかく、隙だらけの近眼補正器具のどこにそんな守備力があるというのだろう。だいたい、眼鏡の有無に限らず、脳味噌の完成していない命知らずな児童/学生どもに危険物を扱わせること自体が間違っていると思う。図画工作や家庭科も含め、早急に徹底した安全対策議論が求められる。

 幸い、体育祭や球技大会といった特に注意を必要とする生活不必要行事の多くを極力避けてきたため、学校生活で眼鏡を壊すことはなかった。破損原因が学校側、あるいは自分以外の児童/学生側にあったとしても、あの連中が充分な補償をしてくれたとはとても思えないので、そうする他なかったのだ。車椅子や補聴器などと比べ、眼鏡はそこらじゅうに溢れているがゆえに心配されづらい面がある。日常に溶け込むというのは、同時に特別な配慮が失われ易くなるということでもある。バリアフリーな社会が広まるのは勿論歓迎だが、様々な補助器具などの扱いが眼鏡と同じ運命を辿るのではないかという一抹の不安も私は抱いている。

トンガリキッズ I

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東京トンガリキッズ (角川文庫)

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  • 作者:中森 明夫
  • 発売日: 2004/01/24
  • メディア: 文庫