魚影の熟れ

 私が「さんまのなれ寿司」を知ったのは、1991年に日本テレビ系で放送された『追跡 全国の名物ずしと珍品ズシを訪ねる旅』という番組によってだった。

 「なれ寿司」は「馴れ鮨/熟れ鮨」とも書き、魚と米を発酵させてつくる寿司で、「腐れ寿司」などと呼ぶこともあるらしい。当然、クセも強く、好みも分かれ易くなる。幼い頃から「腐敗」に対し強い嫌悪と興味、そして妙な愛着を同時に抱いていた(「畏怖」と言うべきか?)私の脳味噌に、この珍品ズシの記憶はしっかりと刻み込まれることとなった。

 上記の番組では3週間モノ(初心者向け)、1年モノ(上級者向け)に続き、ほとんど液状化し元の姿を失った「30年モノ」という凄まじい品が紹介されていた。スタジオゲストの安部譲二さんが、珍しく浮かない表情で「俺は3週間モノがいい……」と仰っていたのが特に印象に残っている。

 さて、番組が放送された1991年に「30年モノ」だった「さんまのなれ寿司」だが、私がインターネットにだいぶ慣れ始めた2005年頃になんとなく検索してみると「40年モノ」に進化(?)しているらしい情報を見つけた。このまま50年、60年と更に発酵を重ねていくのだろうかと興味と恐怖を募らせていたのだが、つい最近、再び検索してみると2012年頃に体験(挑戦と言うべきだろうか)したらしい方の文章に「30年モノ」と書かれているのを発見した。

 どういうことだろう。50年を前に最初の壺(30年モノは壺に保存されていた)の中身が売り切れてしまったのだろうか。あるいは、さすがに50年を越えるようなものは破棄するしかなくなったのだろうか。そうだったとしても、1991年の番組放送時に「20年モノ」なる弟分的存在の情報はなかった。もちろん、たまたま番組で触れなかっただけのことかもしれないが、いずれにしても50年を越えたかもしれない、元祖「30年モノ」(ややこしい)がどうなったのかは分からない。分かったとしても、直接お目にかかりたくはない。

魚影の群れ

魚影の群れ