クマさんとサルマタケ

 松本零士が押入れに生えたキノコをちばてつやに食べさせたことがある(ラーメンの具にして出した)というのは『トリビアの泉』で知った話だが、食べさせたということよりも『男おいどん』に登場するサルマタケが実在したことに驚いたのを覚えている。サルマタケの正体は、どうやらヒトヨタケのようで、キノコ好きの間では、アルコールと共に食すと中毒症状を起こす場合があることで知られている。松本零士×ちばてつやという顔合わせでラーメンを食している場には、たぶんアルコール類も存在したと思うのだが、お二方が件の食事が原因で体調を崩したという話は聞いていない。

 得体の知れないキノコを他人にも食わせて健康被害まで起こしたのは、“ゲージツ家のクマさん”こと篠原勝之で、若き日の貧乏時代に、クマさんの部屋を訪ねてきた友人が「食い物の匂いがする」と何やらクマさん本人も存在を忘れていた鍋(だったと思う)を引っ張り出し、開けてみると出てきたのは大きなカビの塊のようなもので、水洗いするとそれは巨大なシイタケだった。栽培用のものをしまったまま忘れていたらしい。健康で文化的な最低限度の生活状態であれば、そんな危険なシイタケを口にすることはないだろうが、飢えていた二人は煮込んで食ったという。そして、クマさんの友人は飢えの解消と引き換えに重大な健康被害に見舞われた。

 これは、たしか『いつみても波瀾万丈』で紹介されていたエピソードだったと思うが、元々丈夫だったのか、不健康で非文化的な最低の生活によって何らかの耐性を得たのか、クマさんは無事だったらしい。シイタケの所有者はクマさんだったのだろうが、引っ張り出してきたのは友人なので、自業自得と言えなくもない。願わくば、自分が友人の家の謎の食材を引っ張り出して煮込んで食うほどの生活に陥らないまま生涯を終えたい。もっとも、まともな食材であっても勝手に引っ張り出せるほど気心の知れた友人が存在するのかどうかのほうが今の私には重大な問題だとも言える。