骨を砕かせて歯を磨く

 右腕の鈍痛がどうやら歯磨きのやり過ぎによるものだと診断されたものの、歯医者さんから褒めてもらうことに命をかけている私には、これまでより磨く力を抑えることはできても、磨く時間を短縮することはできない。力を抑えている分、長くなっている気もする。これでは回復のスピードよりも痛めつけられるスピードが勝ったままで、一向に良くならないだろう。

 しかし、他に褒めてくれる人がいないので、念入りな歯磨きを断念するわけにはいかない。だが、腕が完全に駄目になってしまっては元も子もない。そんなわけで、どんづまりの方向に向かいがちな我が脳味噌の導き出した答えは、齢三十五にして両利きになるための訓練を始めるというものであった。

 「右腕が疲れたのなら、左腕で磨けばいいじゃない」というわけである。西尾維新の『〈物語〉シリーズ』に登場する羽川翼は、右手で勉強するのに疲れたら左手にペンを持ち替え、左手が疲れたらまた右手に……を繰り返して両利きとなったらしいが、人外だらけの作中においても規格外とされるキャラクターを手本にしようというのだから、これはもう奇行と言っても差し支えないかもしれない。そもそも、医者に諭されるほど歯磨きに熱中している時点で充分に奇行だとする意見もある。しかし、繰り返すが、そうでもしなければ褒めてもらえないのだから仕方がない。もし、心配してくれるのなら、なんでもいいから私を褒めるべきである。褒めるべき点が見つかるとは思えないが。

 「俺はデンタルフロスの歌を歌ったが、お前の歯は綺麗になったか」というのは、フランク・ザッパ先生の名言だが、歯磨きの間にザッパ先生のアルバムを2~3作聴き終えたのなら、そりゃ歯医者さんに褒められるくらい歯垢や歯石は削ぎ落とされているだろう。なにか別の問題が生じていそうで、「綺麗」と呼べるかどうかは怪しいけれども。