『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(1)

 中磯瀬の町から母の実家までまっすぐに伸びる道は、大部分が動く歩道のような仕組みになっていて、薬をもらって家へ帰る時間帯には学校帰りのやんちゃな子供たちがそのやんちゃぶりを遺憾なく発揮しており、私はいつも母が怪我をしないか不安でしかたなかった。「しまうまのお兄ちゃん、死んじゃったわ」と母が言ったとき、幼い私にはそれが誰のことなのかすぐにはわからなかった。なぜか「しまうま」という文字だけが書かれたランドセルをいつも背負っていたナカジマのみっちゃんがダンプに轢かれて亡くなったのは、私と母が家に着いてすぐのことだったらしい。

 私がいつもの道をこわがるようになったため、中磯瀬の立体駐車場で待たなければいけなくなった。そこは将来、映画監督のナイトウセイイチ氏に騙されて、車ごと南側の底なし崖に突き落とされる夢の舞台になってしまうことを私はすでに理解していたので、カーラジオに集中してやり過ごすほかなかった。底なし崖というわりに見下ろした先には団地らしき家々と平原が広がっていて、晴れた日に覗くと沢山の熱気球が見えるのだと喫茶店「キャラメルマザー」のマスターが教えてくれたが、一人で覗きに行く勇気などなかった。

 幸い、数日後に母の実家の化粧品棚の中から同じ景色を目にすることができた。熱気球は西洋風のデザインのものが多く、化粧品棚から見えた景色は、どこかのお城の食器棚のように感じた。小学校の裏に数機の気球が飛んできた時は、そのような色合いのものは見当たらず、タッちゃんほど素直にはしゃぐことはできなかった。