『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(4)

 忘れようがなかったのは、自由行動中、ペイルランド全域に戒厳令が敷かれたことだ。撃たれた者もいるなか、町外れの廃墟付近に身を潜めていると役人らしき3人の男に丁寧な対応で連行された。手続中にヤスヒロと久しぶりに再会するも、感極まって大声で話しかけてくるので落ち着かせるのに苦労した。すぐに帰国することができ、同級生の中にはすっかり過去の事にしてしまえた者もいたようだが、私はストレスの影響で眠っているうちに黒目がずれる症状が多発し、そのたびに視界が二重になるので、何度も勘を頼りに自室をうごめくはめになった。

 あの日のことを過去のものとしたうちの一人が他ならぬタミヤで、奴は彼女のことを「歳をとったら醜くなる顔だ」と述べたこともある。私は彼女がのちに民和地所のテレビコマーシャルで美しい姿を見せてくれることを知っていたので、タミヤの目玉をアイスピックで掻き回すのはやめておいた。

 彼女のことを悪く言う女がテレビに映し出された時、無性に腹が立った私はすぐに安物のバイオリンを入手し、道の真ん中で踏みつぶして溜飲を下げた。ヤスヒロにはArt of Noiseの「Close」のミュージックビデオを真似ただけだと言い訳した。残念ながら線路は近所になかったのだ。