『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(16)

 留学先の話はお嬢にしか伝えていなかった。アシリウェンプ川に架けられた橋のガードレールに『うる星やつら』の文庫版が全巻揃って並べられている理由を教えてもらう代償だった。流れで廃墟になった家の近くのバス停に私の幼い頃の写真が収められたアルバムが隠してあることもばれてしまった。幸い写真は雨風の影響か、薄くなって何が写っているのかほとんど確認できない状態だった。しかし、写真の裏に「世界はあなたが考えているほど複雑ではなく、彼が思っているほど単純でもない。そして私が感じていることが正しいとも限らない」という覚えのないメモ書きを見つけて困惑することになった。

 バス停からの帰り道、潤一がぼんやりしているのを見つけた。潤一とは知り合いだが初対面だった。彼は急にカッターナイフを振り回し、私の着ているパーカーの肩や背中が切れるが、私は彼がそうすることも切れるのはパーカーだけなことも知っていた。しかし、油断して左腕を切られ、鋭い痛みを感じた。

「中指たててクニナマシェ!」

 カッターナイフを振り回す潤一は確かにそう叫んでいたので、出会い方さえ間違えなければ話が弾んだことだろう。私は叔父が手入れの前に拳銃を墓に隠したと言っていたのを思い出し、傷口を苺の葉で抑えながら中磯瀬と上磯瀬の境に位置する霊園へ向かうことにした。霊園に到着する頃には、苺の実をゆっくり噛みしめていたおかげで左腕の傷口は塞がっていた。拳銃を探す必要もなくなり、念の為という思考も浮かびはしたが、リスクの方が大きそうなので手を合わせるだけにした。