『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(23)

 件の港町は海岸特有の錆と塩気と黴た木造建築の匂いが漂っていて、空き家と区別のつかない民家や店が並んでいた。夜中に母と祖父に連れられ、そのうちの一軒の酒屋に入ったことがある。早寝の子供だった私は夜中に外出すること自体、現実感を喪失するに充分だったが、酒屋の佇まいが拍車をかけた。酒屋は小さな一軒家ほどの大きさで、祖父の好みそうな瓶の酒が多く売られていた。祖父が酒を選んでいる間、私は母と共に大量のつまみ類や菓子が雑然と置かれた地下の売場にいた。私の好物だった「玉チョコ」を見つけた母が「買う?」と言ってくれたが、店の衛生状態に不安を感じた私は首を横に振った。それでも港町の酒屋は最低限の品質管理は怠っていなかったらしく、買った酒を飲んだ祖父の身体がどろどろに崩れてしまうこともなかった。

 問題があったのは、むしろチャボとクリハラの家の近所にあるマサキ商店で、期限切れ食品ばかりが並んでいるうえに店の奥には見たことのない大鳥が飼われていた。このマサキ商店の大鳥は何度か逃走した。近くの牧場に逃げ込んで一頭の乳牛と睨み合っているところを目撃したクリハラは「牛の目はいつも血走っているけど、あの時以上に血走った牛の目は見たことがない」と私に語った。牧場には大鳥の足跡が大量に残っていて、牧草は引き裂かれたような姿になっていた。