『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(35)

 そんなタミヤの習性は、どうやら祖父譲りのものだったらしく、地域中から嫌われていたタミヤの祖父が自宅の便所で真夜中に発作を起こして亡くなった際、朝まで家族の誰も気づかなかったことが知れ渡っても不審に思う者は一人も現れず、タミヤの同級生である私たちなどは、ある種の希望さえ感じた。イギードニア共和国で叛乱軍に捕まり、拘束された市民が一人ずつ射殺されるなか、自分の番が近づき「せめて処刑前に覚醒剤を打ってくれ」と頼むと面白がられ、屈強な兵士に「あなたに首を絞められる方が楽に死ねそうだ」と伝えると更に気に入られ命拾いした直後だったので私も気が大きくなっていたのだ。

 普段なら畏れ多くて断ってしまうヒメグサさんからのお誘いに乗ったのも少々大きめになっていた気分のせいで、彼女が自身の個展でゴッホのように削ぎ落としてみせた耳を展示台に置き「タイトルはなんでしょう」と問いかけてきても、落ち着いて「ブルーベルベット、置くだけ」と答えることができた。個展会場ではヒメグサさんが養子に迎えた図鑑少年の空流(くうる)くんと妹の風流(ふうる)ちゃんが案内役を務めていて、私は退席する際に風流ちゃんから「しゃかりき親父は定年退職即窒息」と書かれた色紙を頂いた。入口の案内板も風流ちゃんの手書きで、やる気のある大人を良い具合に遠ざけていた。

 やる気に満ちた大人たちは、高校生によるソフトボールの試合に集っているようで、試合会場近くの喫茶店や美容室の従業員は迷惑そうに氷水を撒いていた。アイスコーヒーを頼めば喜んでもらえるだろうが、ビタミン欲しさにオレンジジュースを注文する。バイトの女性は1日中窓を拭くことになるだろう。