たまに久石譲とか流れている

 美容室やマッサージ屋で眠ってしまうという話はよく聞くが、歯医者で眠ったという話はあまり聞かない。やはり、「リラックス」とは無縁の場所だからなのだろう。歯を削るあの音、コロナ前からマスク着用のために表情が読めず恐怖心を煽ってくる歯科医、頭蓋骨を見せられているかのようなレントゲン写真……心地よい眠りを妨げるものだらけである。患者が落ち着かせるためであろうクラシック音楽も、すべてが葬送曲のように聞こえ、これが原因でクラシック音楽が苦手になった者も居るように思う。ともかく、治療目的での歯医者という場所は、眠らされるほどの麻酔を用いられない限り、安眠とは遠い世界であろう。

 しかし、月に一度、あるいは数カ月に一度程度の定期歯科検診で、毎回治療が必要な箇所も見つからず、丁寧なクリーニング作業のみという状態が続くと、歯医者もたちまち睡魔に襲われるほどの快適な場所と化す。今や歯医者さんくらいしか褒めてくれる人のいない私が正にその状況にある。

 乳歯ばかりの幼い頃は、たしかに私にとっても歯医者は心臓に悪い場所だった。クラシック音楽もかえって恐ろしく感じるだけであった。だが、今となっては、クラシックの名曲が流れる中、下手なベッドよりも寝心地の良いチェアーユニットで横になり、歯茎検査の刺激も程良いマッサージのようで、子供の患者が来ない時間帯を狙えば「あの音」もさほど耳障りでもなく、自室での寝つきの悪さが嘘のような快適空間と化している。現在の私にとって、歯医者で気を付けなければいけない最大の問題は「眠らずにいること」である。

 いくら心地良く感じるようになったとはいえ、本当に眠ってしまうのは恥ずかしいし、何より検査もやりにくいだろう。かといって、眠気を振り払うために自分の頭も大きく振ったりするのは、余計に危険である。歯以外の部分を切ったり縫ったりしなくてはいけなくなる。だが、待合室のテレビすら環境ビデオ的な映像を流されるようになり、ますます歯医者のリラクゼーションルーム化が進んでいる。眠ってしまわないために自分の手を強く握りしめたりするため、結局やっていることは痛みや恐怖と戦っていた時とあまり変わらなかったりするのだった。

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