伝えるは一時の危険、伝えぬは一生の危険

 「バンジージャンプ」と「棒棒鶏(バンバンジー)」という名称は、駄洒落など言葉遊びの素材として非常に分かり易いため、幼児ですら敢えて間違えてみせて、家族以外には通用しない笑いを期待している姿を実際に目撃したこともある。いや、むしろ小学生になってしまえば、既に口にするのも恥ずかしいと感じる程、言葉遊びの素材として分かり易過ぎると言って良いかもしれない。

 しかし、小学2年生のとある日、同級生のカワズトビタケユキ君(仮名)が会話の中で使用する「バンバンジー」が、どうやら駄洒落などではなく、本気で「バンジージャンプ」と誤認しているらしいことに気づいてしまった。当たり前のように「バンバンジージャンプ」などと発声するカワズトビ君の表情を窺いながら、この時だけ近い響きの言葉をたまたま誤用してしまっているだけなのか、はたまた知識として「バンバンジージャンプ」だと脳に刻み込んでしまっているのかを見極めようとしていたが、どうにも後者の匂いが強い。前者であれば、どうにかこちらがさりげなく軌道修正してやることも不可能ではなかっただろうが、いずれにせよ小学2年生程度の頭では困難な事態である。カワズトビ君の脳内では、料理としての「棒棒鶏」の存在はどうなってしまっているのかという疑問も生じたが、それは二の次の問題であった。

 もちろん、比較的関係性が良好な相手であれば、小学2年生同士であっても指摘することはできる。しかし、残念ながらカワズトビ君が少々厄介な相手であることは、当時の同級生たちの間で共通認識となっており、下手に誤りを指摘しても、正しいのは自分の方だと言い張る危険性が充分あり、しまいには手がつけられないほど怒り出す恐れさえあった。君子でなくとも危うきに近寄らず。結局、小学2年の私は、誤りを指摘することも、さりげなく修正させる努力もせず、カワズトビ君を好きなだけ泳がせるだけにし、「バンバンジージャンプ危機」は、緊張の糸が多少張りつめただけで収束した。

 言葉遊びの素材として分かり易いとは言ったが、しかし「バンジージャンプ」も「棒棒鶏」も日常会話で頻繁に登場する類の名称ではない。学校給食のメニューに棒棒鶏が出てくることはあったが、年に一度か二度程度であったし、バンジージャンプはせいぜいテレビタレントが罰ゲームでやらされているものでしかなく、少なくとも北海道の僻地に暮らす小学生たちにはほぼ無縁のアトラクションだった。ゆえに、カワズトビ君が自分の過ちに気づくことができたのかどうかは、現在に至るまで不明のままである。もし、私の知らぬところで、カワズトビ君にとって深刻な形で過ちが露呈し、それによってカワズトビ君が心に大きな傷を負ったりしたのなら、はたして「あの時」に指摘してやらなかった私にも反省したり後悔したりすべき程の責任が生じるのだろうか。私自身の心に大きな傷が刻まれる危険性を冒してなお、厄介なカワズトビ君の過ちを正してやるべきだったのだろうか。カワズトビ君が今どこで何をしているのか知らないが、幸福を祈りたい相手ではないものの、報復の対象とされるのは厄介どころでないので、そこそこ平穏に暮らしていてくれればと願う。

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