『この西瓜ころがし野郎』(7)

 鈴蛆など最近では見かけることすら少なくなり、ゆえに耳に鈴蛆が湧くなどというのは、遠い昔のはやり病のように思われるかもしれないが、もちろん、この土地がいくら野良うずみがうろつく土地であるからといって、いまどき鈴蛆が頻繁に湧いたりすることなどないのだけれども、数年前に林の中で苔をすくって暮らしていた男が不運にも鈴蛆にやられてしまって、この男は元々海に近い街で暮らしていたのだが、ある日ふらりとこの土地にやってきて、この土地の者は基本的には来る者拒まず去る者追わず、親しくあっても他人の生活にとやかく言う者など、せいぜい鐘爺や西瓜ころがしくらいもので、男が苔をすくって暮らしていても、カケイのおやじがたまたま出くわした時に、眠る時くらい林から出たらどうだと提案したくらいで、男の好きなようにさせていたのだが、さすがに林の中で夜も眠っていれば、このご時世であっても鈴蛆の犠牲になってしまうようで、ある晩、狐が野良うずみに眼球を喰い破られたような悲鳴が聞こえ、何事かと数名が駆けだすと同時に耳を掻きむしりながら男が林から転げ落ちてきて、あわてて和尚がつかまえて三人がかりでおさえつけると、男の指に鈴蛆がからみついているのを梅狩りの婆さんが見つけて、急いでお湯を用意して男の耳に流し込むと、うじゃらうじゃらと鈴蛆が逃げ出してくるものだから、その場にいた者のほとんどがしばらく体じゅうにぞわぞわとした痒みを幻覚することになり、男は男で処置がはやかったから良かったものの、今もしばしば耳が血豆で蓋されてしまうようになり、苔をすくうのもやめてしまったのだから、鈴蛆の厄介さも理解できることであろう、しかし、ではなぜ番台の女の笑い声が耳に鈴蛆の湧いたようなものなのか、我々が容易に理解できるはずはないのだった。