自己紹介やら目次やら

投稿日付を未来に設定して常にブログのトップに表示されるようにする、というのは説明するまでもないことのような気もしていたのだけれど、わざわざコメントで突っ込みを入れている人を見かけたこともあるので、念のため、先にその旨を書き記しておきます。…

丈夫なのか鈍感なのか、勇気があるのか無知なのか

いまだに「コロナはただの風邪」と主張する者も多いが、つい先日、4度目のワクチン接種を終えた私の身体に限って言えば、「ただの風邪」だったのはワクチンの副反応の方である。幼き頃から「ただの風邪」も含め、幾度となく寝込んでいたため、具合の悪さの差…

「目には目を」と言われても、相手の目がどこにあるのかわからない

画像生成AIで作られた水害のフェイク画像がTwitterで拡散され、見抜くのが困難になってきたと恐れる声があるかと思えば、「この程度のフェイク画像が見抜けないでどうする」などとマウントを取りたがる者も現れ、毎度のごとく色々な意味でうんざりとさせられ…

日本でいちばん長く感じる日

MLBで試合時間短縮のためのルール改善があるらしい。日本野球よりは見ていられるとはいえ、基本的にスポーツ全般に詳しくないため、これまでにも試合時間を短くするようなルール改定が行われてきたのかどうかは知らないし、日本とアメリカそれぞれの平均試合…

「0○さん、たぶん私はあなたが嫌いだ」

私はたぶん“あなた”が嫌いです。 “あなた”が私の暮らしにずかずかと入り込んで来てからというもの、私的なことまで含めると数えきれないほど、いや、数えるのが嫌になるほどの頻度で“あなた”を見聞きしなくてもすむ世界へ逃げ出したくなる衝動に見舞われてい…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(73)(完)

Tの亡骸を過ぎると、ひび割れたアスファルトの道路に潰れた柿の実が点々と転がっていた。この土地には柿の木などないはずだが、海を挟んだ土地の柿を吸い寄せてしまうほどの事態だったということだろうか。柿は苦手なので勿体ないとは思わないが、Tの家の白…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(72)

人間よりも食物を重視した設計なのか、身体を押し込めた地下収納では、外部の音がほとんど聞こえず、竜巻はおろか家がどんな状態にあるかさえ把握できなかった。Steve Reichの「DIFFERENT TRAINS:America‐before the war」ならば脳内で正しく再生できるので…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(71)

失った前髪を隠すように一日中耳あてを着け続けたマサ君に珍しくも同情していた日、西の畑に竜巻が発生しているのが見えた。すぐに自転車で逃げることにしたが、上級生は今さら遅いと笑った。そもそも、彼らは竜巻が成長することを知らず、今まさに成長し始…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(70)

しかし、ある意味では猫肉買取店があった方が良かったとも言えるだろう。ヤスヒロは2歳の春まで住んでいた家で撮られた唯一の写真を見るたびに、喉の奥が詰まる思いに苛まれているからだ。夜中、まだ眠そうな母親を起こして、件の手押し車の玩具を押して遊ぶ…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(69)

爪に葉の欠片が詰まるほど強い力で地面をむしり、怨み言の後に必ずやってくる幼少期に迷子になったような寂しさはいくら頭を強く振っても打ち消すことができないとわかっていたので、祖母の土地で最も綺麗で控えめで郷愁を誘った苺畑のような景色を求め、現…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(68)

医者の娘が趣味で作ったプレートを金槌で砕き、不燃ごみに変えて正しく処理した日、豚とモロヘイヤの掛け合わせに成功した地元高校の敷地内で毛色の変わったムササビの親子が無人の電動車椅子に轢き殺されたという小さな新聞記事をみつけた。喫茶店の看板犬…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(67)

上映されたドキュメンタリー作品には、キネマユリイカ駅近くの厚い顔の店で生計をたてていた同期生も参加しており、在学中から顕著だった思い込みの激しさに拍車がかかっているようだった。論理性のなさを詩的と勘違いした文章は、駅周辺のみに置かれるフリ…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(66)

痛快と言って良い景色は、お嬢のスマートフォンから動画で送られてきたが、すぐに喜びを共有できる者が近くに居なかったのが残念だ。共に胸のすく思いになれたであろう級友たちの大半はすでに疎遠であり、それは少々悔しいことに担任の責任ではなく、私や級…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(65)

鍵穴に詰め込まれた金魚煎餅の粉は、キーによって更に車の内部に注ぎ込まれ、排ガスと共に赤錆の混じった愛車の臓物が吐き出された。焦げた金属片に引きずり出されたばかりの豚の腸を乱暴に絡ませたような愛車の臓物は、泥水溜まりにぶちまけられ、担任が耳…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(64)

連絡先を知っていても気軽に連絡できる知人などいないのだが、だからといって「どうしてお前にそんなにお金が必要なの?」などと会ったこともない親戚から説教される理由もないはずで、穏やかなアショロアの化石に打ち明けたところ、彼は時代にそぐわぬ隔離…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(63)

安眠とまではいかなかったが、首を吊りたくなるほどの悪夢に苛まれることは減ったため、外に出る機会を増やしてみたのだが、普段の生活の中でふと自ら首を締め付けたくなるような記憶が甦ってくることが増えた。その都度、頭を振って対応したが、骨粉の風味…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(62)

白樺は中学と高校の校歌でも歌われるほど一帯に群生しており、血を流す個体がいたところで子供であれば驚くこともなかった。白樺に群がるクワガタを採り過ぎた小学生が小麦の乾燥工場の奥に沈んだままでいるという噂が流れ、町内の小学生たちが肝試しに行く…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(61)

しかし、ギャグ漫画のような走り方のダクリュウ先生は、拗音も促音もない世界の住人だったが、寿司屋のトシさんの「表へ出ろ」の一言で、さらに児童数の少ない学校へ逃げ去った。倒れたクレーン車の下敷きになり、頭皮を抉られ、骨が露出してなお、自ら指示…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(60)

ようやく素麺をふたすすりできるほどに回復したのは、「魔法のような美少女」と称された彼女の姿を目にしてからで、かといって元来の食の細さが改善されるわけではなく、成人式を放棄して10年経っても、これといった思想的理由もないまま、カット野菜と果物…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(59)

奴が無事に家へ戻った数日後、私が見た池には魚の姿は見当たらず、成人男性の親指ほどの大きさの真っ白いなめくじが水面を蠢いているだけだった。祖母の手入れが行き届きにくかった遠い庭の大きな石を持ち上げると、あの真っ白いなめくじはよく見つけたが、…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(58)

K氏と5年ぶりに電話したのは、そういった毒蟲まみれの記憶とは関係なく、ストロマトライトに魅せられた少年を追うテレビドキュメンタリーでK氏の名前をスタッフクレジットの中に発見したからで、共に嫌悪していた社会派気取りの出鱈目ドキュメンタリーに参加…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(57)

ビデオゲームの企画に携わっていた頃は、雨に濡れてシャンプーの消費量を増やすのが嫌で頻繁にタクシーを利用していたが、それ以降は目にすることすら滅多になくなっていた。単に意識を向けなくなっていただけでもあるが、7歳の頃に見た戟津味屋前の自動車事…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(56)

ナイトウセイイチ氏は同郷の映画作家・オルガバタ氏の監督作『人型幕の内弁当殺人未遂』を酷評しており、専門学校近くの居酒屋で酔うたびに「ロケハンは良いが、脚本が駄目だ」と繰り返した。K氏はその姿を見て「アルコールリピート」と呟き、喫煙所と化して…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(55)

ニエの家の三男が、道の駅に設けられた小さな滑り台で延々と遊び続け、叔父らしき男性に「置いて行くぞ」と言われているのを見かけたこともあるが、なぜか私は自分の記憶のように思えてしまい、過去に戻れない恐怖に耐えられず、脳が傷つくのも恐れずに頭を…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(54)

従兄弟は遊園地理論の誰かが言うような「ある種の子供」ではなかったのだろう。私が歳をとるにつれて、あの日のメリーゴーランドやそれに近しい雰囲気のものを「不気味だからこそ惹かれる」と感じるようになったのに対し、従兄弟は単に遊園地を子供っぽいも…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(53)

私が高校に入り、ある程度自由に出歩くことが容易になっても、地元には既に喫茶店がほとんどなくなっていたので、一人氷を噛んで過去ばかり思いだし、人前での落涙を必死に耐える心配はなかった。代わりに学生服の暑苦しさで頻繁に鼻血が出た。恥部と捉えら…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(52)

平日に暇な時間ができても、日中のテレビは大半が下世話でやかましく、かといって教育テレビは番組自体が様変わりしていても、根底に流れるものは学校すら通わずに済んでいた頃と変わらず、すぐにいたたまれなくなるであろうことは容易に想像できたので、人…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(51)

小鬼に怯える生活は6年ほど続き、注意力も損なわれ、最寄のスーパーが不衛生な原因がそのような環境によるものだと気づくのすら遅れた。傷んだバナナや惣菜も返品する気力を失い、真夜中に土のある場所を求め彷徨い、秘かに埋めることしかできなかった。そし…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(50)

「枝が台無しじゃん!」と新聞局の女子生徒が半泣きで教頭の身体から記念樹の枝を引き抜こうとするも、無理に抜けば教頭の肉や骨に邪魔されて折れてしまうであろうと周りも理解していた。冷静さを失った女子生徒を数名がなだめつつ、バスケ部の当時の主将が…

『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(49)

「肝臓に溜まったガソリンが朝まで燃えた 残飯に混ぜて犬に喰わせたあいつの目ん玉 どうやら今日は厄日のようだ どうやらこれは殺しのようだ」 札束だけでなく、自らの身体まで燃やしてしまった担任への追悼なのか、1年G組の教室には、誰かが黒板に赤いチョ…