水銀とも呼ばれたヒューパートが血と汗と涙で汚れた水の清らかさを取り戻す話

 

 学校の方針で全児童が無理矢理参加させられていたスピードスケート大会で応援に駆り出された決して暇ではないはずの親たちが子供たちのために作った豚汁は冷凍焼けを起こしていた肉を使ってしまったがために豚汁なのに全員が豚肉を除けはじめ味覚が特に敏感な者は豚肉の出汁からさえも冷凍焼けの嫌な味を感じ取り冷えた身体を温めるどころか啜れば啜るほど吐き気が増すばかりでそれもこれも馬鹿の一つ覚えのようにスケートにばかり力を入れる学校と普段は何をしているのか分からない青年団の連中のせいなので連中の顔面に熱々の豚汁を浴びせかけてやりたい気持ちになった者も大勢いたはずなのだが胃の不調を訴える者はいても顔に大火傷を負った者が現れなかったのは憎き連中に限って寒気の舞い込むテントではなく暖気のこもった屋内で無神経な顔を晒しているだけだったことと寒気と冷凍焼けの嫌な味は頭を冷やす効果はあったようでいくら児童が束になってかかっても憎き教師と青年団には敵わないであろうと判断する者がほとんどで児童数の少ない田舎小学校なら尚更のことでかじかみひび割れた手や豆の潰れた足に血を滲ませながら冷えた頭の奥深くに憎悪を溜めこむことで精一杯だった頃から20年も経てば知恵も体力も充分に蓄えられておりそのうえたまたま熱湯が手元にあり目の前に憎き青年団の成れの果てが立っていたとあらば傷害沙汰になるのも無理もないことだと20年前の児童たちならばほとんどが全肯定はせずとも30歳を迎えたヒューパートと同じことを自分もしたかもしれないと考えるのもまた無理もないことであり無関係の者には到底理解し得ぬことではあるけれどもアルバートが20年ぶりにヒューパートのことを「水銀(クイックシルヴァー)」という懐かしいあだ名で呼んだのもそういったことが理由なのであった。