東の空が燃えていて選挙権もまだ持たされていなかった頃の話

 全校児童が30名程度の小学校でも、いちおう児童会というものは存在して、会長や副会長を選ぶための選挙も行われた。その気になれば全児童の筆跡すら記憶できそうな規模の選挙であるが、ごっこ遊びのようなものとは言え、正式な選挙権どころか生命を授かってから10年に満たない段階でも形だけの選挙を経験することができた。

 もっとも、その経験がどれだけ役に立っているのかは、実際に選挙権を得た今なお疑わしいところなのだけれど、選挙どころか児童会というものさえ組織しようのないほど児童数の少ない学校で育った場合、中学校に入るまでは学校内での選挙さえ経験することがないのだろうか。そういった学校での詳しいカリキュラムは知らないのだが、学校の中での選挙を未体験であることが大きなハンデとなったなどという話は聞いたことがないので、なにかしら埋め合わせ的な学習方法があるのかもしれない。もしくは、やはりごっこ遊びの延長のような選挙など経験しようがしまいが大した影響はないということなのだろうか。

 ただし、そんなごっこ遊び的な選挙でも、落選すると泣く者もいるのだということを知ることはできた。候補者2名の副会長選で敗れたルーザーベルト君(仮名)の話である。大差だったならば相当の悔しさがあったかもしれないが、結果は僅差。泣くほどのことだろうかと感じる人もいるだろうが、色々と察するべき事情があった。

 まず、当選したカッター君(仮名)は推薦だったのに対し、ルーザーベルト君は立候補だったという点。しかも、カッター君は別に慕われていたわけではなく、たまたま役員の立候補者を募る学級会の日、後に立候補することになるルーザーベルト君が風邪で数日間欠席していたうえ、他に誰も立候補者がおらず、誰もいないのはまずいということになって面倒事を押し付けられただけに過ぎない。ルーザーベルト君が立候補すると「立候補者が現れたのだから、自分は降りてもいいじゃないか」とカッター君は主張したのだが、「一度候補に挙がっておいて急に辞退するのは無責任だ」という無責任なことを言う輩が現れた。そんな連中とこれ以上言い争っても話が噛み合うはずもないと感じたのか、カッター君は諦めてそのまま出馬した。

 おそらく「落選するのは自分だろう」とカッター君も思っていたのだろうが、どういうわけか当選したのはカッター君だった。ルーザーベルト君からすれば、やる気のかけらも見受けられない奴に負けてしまったわけで、そりゃあ泣きたくもなるだろう。なにしろ、カッター君も慕われていたわけではなかったが、ルーザーベルト君は輪をかけて人望がなかったということが投票によって明るみになったのだから。

 いちおうは選挙という公正とされる営みの結果なので、ルーザーベルト君は泣きはしたものの厳粛に受け止めたようだった。少なくとも、自分に投票しなかった者を探し出して血祭りにあげたなんて話は聞かなかったし、成長したルーザーベルト君が人の道を外れたという噂も私の耳には届いていない。どちらかと言えば、勝者であるはずのカッター君の人格がよりねじ曲がってしまったのではないかという指摘が多い。回避できるものなら回避しておいたほうが良かった選挙ではないかと今では思う。

候補者ビル・マッケイ [DVD]

候補者ビル・マッケイ [DVD]