密かに「小鉄」と呼んでいる

 実際のキツネの鳴き声というのは、漫画などで「コーン」と表現されるような可愛らしい声として聞こえることはあまりなく、少なくとも私には、やけに甲高く、いわゆる「神経を逆撫でする音」に感じる。しかも、キツネたちが鳴き声を上げるのは、縄張り争いのような場面が多く、明らかな攻撃性を匂わせているうえ、非常にしつこく鳴き続ける。仕事や睡眠を邪魔された経験は数知れない。吉岡里帆がどんぎつねを引退して以来、愛おしさを連想させられることもなく、今では騒音と寄生虫を撒き散らすだけの、迷惑な田舎の暴走族かぶれ共と似たような存在だ。

 先日も、夕方頃にうるさく鳴き続ける声が聞こえ、眉間に皺を寄せながら窓の外を窺うと、向かいの畑の中で若いキツネが猫を追いかけていた。追われている猫は、数年前から近隣をうろついている尻尾の短い、ずんぐりした体形の猫である。この猫は、いつも妙に堂々としていて、よく我が家の庭で地面に背中を擦りつけたり、テレビを眺めるおっさんのような姿勢でくつろいだりしているのだが、この時も慌てる様子はなく、うるさく鳴きながら追ってくるキツネをチラチラ振り返りつつ、「面倒くせえ奴だなあ」とでも言いたげな様子を見せ、小走り程度の速さで畑から出て行った。追われているのは猫の方だが、生き様は圧勝しているように見えた。

 キツネは深追いこそしなかったものの、しばらく畑の出口あたりで鳴き続けている。どうやら、猫はキツネが目視できる程度の距離で既に落ち着いているらしい。結局、キツネは声が掠れるまで鳴き続け、騒音被害という意味では、猫にも早く遠くへ移動してほしかったと言えるのだが、若いキツネに格の違いを見せつけてくれたようで、なんだか頼もしくも感じた。